総務部長大河原敏行のモフモフ異世界転生日記〜苦労性のおっさんは、世界を渡っても苦労する〜

清水柚木

第1話 早くお家に帰りたい

今日も今日とて残業の日々。疲れた身体に鞭打って、よいしょ、と自分で自分に合図を送りながら車に乗り込む。


そんな私の名前は大河原敏行、52歳、某中小企業総務部長。

部長なんて凄い!なんて言う人もいるだろうが、従業員200名足らずの中小企業の総務部長なんて、たかがしれている。立派な役職名を持つ、雑用係でしかない。


若い頃には年功序列に従い、上司から上へ下へと理不尽にこき使われ、年をとってからはパワハラ、モラハラなど言われない為に、若者にこき使われる損な年代。そしてそれに我慢ができる年代。哀しい世代。


しかも趣味もなく、容姿もイマイチな私は結婚することなく、ここまで生きてきた。

両親は他界。友人も僅か。同期は結婚してしまい付き合いも減っていった。大学時代の友人とも疎遠だ。


そんなひとりぼっちな私が残業するのは理由がある。総務部でたったひとりの部下である山根君が誤発注し、大量のチューブファイルが届いてしまったからだ。


10箱あれば良いところを100箱頼むってどう言う事だろう。本人は『100冊注文って言うから〜』と言い訳していたが、1箱10冊入りなんだから、掛け算すれば10箱って分かるだろう?


そもそも会社で年間100箱も使ったことがないのに、なぜそんな考えが……。


自分より年下の3代目の社長に『こんな事のために業績を上げているんじゃないけどね〜』と嫌味を言われ、周囲から白い目で見られる中、100箱のチューブファイルを社内のあちらこちらにある倉庫へと保管している隠している途中で、間違えた本人は『推しの生配信があるんで、今日は帰りたいっす』と言って帰ってしまった。


いつもの事だが、さすがにあれには怒りを覚えた。


そもそも山根君はミスが多い。私の残業の原因の殆どが、山根君の尻拭いではないだろうか。

そして『オレ、オタクなんっす』と言って、仕事中に色んな話をしてくるが、話す暇があれば仕事をして欲しいと、いつも切実に思っている。なぜなら話を聞くことで仕事が遅れるからだ。


でもそれを言う事はできない。パワハラ、モラハラ、社内コンプライアンス。今の若者は何重にも守られている。


はぁ〜、と深いため息を吐き、昔から憧れだった愛車MINIのハンドルを握る。どうせひとりなんだ。車くらいは贅沢したい。


独特のエンジン音の響きをBGMとし、前を向くとフロントガラスが真っ白に光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る