9. 仕事の事情

「最近……まずいな……」


 思わず私は独り言ちた。理由は明確で、仕事の作業効率が落ちてきているからだ。


「新しいものを生み出すか……。判別の精度上げの方が私の性に合っていると思うけどな」


 仕事はもちろん多岐に渡るが、大きく分けると2つだ。


 1つは、AIの精度向上だ。AIが生まれた当初に比べて、AIは人の持つ感覚や判断のほとんどを人に近付けられているとも言われているが、100%には至らない。


 仮に人間が100点だとして、AIはというとまだ90点であり、残りの10点を取るためには膨大な時間を費やす必要がある。


 10:90の法則というものがあるので、それになぞらえて言うのであれば、ここまで掛けた時間で90%までできたとすると、残りの10%はここまで掛けた時間の約9倍ほど掛ける必要がある。あくまで喩え話だが。


 ともあれ、より人へと近付くために、AIも日々、これからも長い時間を掛けて人の力を借りていると言える。


「まったく……こういうことが得意な人に割り振ってもらいたいものだ」


 もちろん、人類が完全に独り暮らしをできているのはAIのおかげで、それは人、ましてや個人では絶対に成し得ないものだから、AIが人類を超えている部分も多い、というより大半がそうなのではないかと思っている。


 ちなみに、私は判別精度の向上業務が好きだ。間違い探しみたいなものもあれば、○×クイズみたいなものもある。遊びのようにできることが良いし、予め答えが自分の中で出しやすいことも魅力的だ。


 まあ、ひよこ判別みたいなものだと勘弁願いたいがな。


「っと……阿呆なことを考えている余裕はないな」


 もう1つは、新しいものづくりだ。AIはどの分野においても、判別、組合せ、虱潰しの人海戦術のような全パターン実行が得意である。何かしらの生成についても、あるキーワードとキーワードを掛け合わせることで無数の組合せを試して、最適だと思われるものを出力、要は結果として出してこられる。


 一方で、完全に新しいものは難しい。人間もそうそう新しいものを出せるわけではないが、人には揺らぎがあり、その揺らぎが新しく見えるものを生み出し、それが本当に新しいものになることもある。AIには揺らぎがない。幾億のパターンを重ねられるとしても、それはあくまでパターン化された何かが前提である。


「うーむ……」


 違うように言えば、数字で喩えると、人は連続値が理解できるアナログであるために揺らぎになる0.1や0.9、1.1のような小数点のある数字が分かり、AIは離散値でしか理解できないデジタルであるために揺らぎが分からず0や1、100のような整数しか分からないようなものだ。


 もちろん、AIの分解能の話をすれば、今の喩えも少し異なるとも言えるが、キリがないのでここでは割愛する。


「はあ……ダメだ、何も出てこない」


 話を戻そう。


 私はここ数か月、新しいことに挑戦しており、それに苦戦している。唯一の救いは、新しいことへの挑戦は納期が長いことだ。もちろん、その救いは、当日が基本の精度向上の作業に比べて、圧倒的に難しいことの裏返しも意味している。


 新しいものは閃きだ。閃きは、組み合わせることによる揺らぎを見つけることだと理解している。故にある程度の経験値が必要だ。


 組合せは異分野を掛け合わせることもある、というよりも、ずいぶん昔からその手法が取られている。


 そこで独り暮らしでも、他人との仕事があるのだが、最近ふと、AIを経由することで、AIに丸められた言葉のやり取りでは揺らぎが見つからないのではないかと思い始めた。


 確証はない。確証はないが、人は快適さを求めた結果、何かを忘れてしまったのではないかとも思い始めている。


「あ、今日も終わりか」


 終わりの時間に気付いたのは、モニターの表示が一度暗転し、左手首のデバイスの通知で「オツカレサマデシタ」と表示されたからだ。基本的に業務時間は管理されているため、強制的に終わってしまう。業務時間外に業務へアクセスしようとしてもアクセスできない。


「瞑想でもして心を落ち着かせよう……」


 こうして、今日も私は何も出てこない時間を過ごし、少しばかりのストレスもあってか、生活スコアを下げてしまっていた。


 最近、生活スコアが低い。月度や年度の通知で響かなければいいが……。

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