7. 服装の事情

「こんなにあったのか」


 ふと、これまでまったく気にしていなかった服装について考えてみた。そもそも、服装は集団社会でしか用を為さなかったはずだ。権威や職業、文化などを象徴するものであって、個独社会においては不要……いや、言い過ぎたな。


 昔でも危険性を減らしたり汗を発散させたりするため、つまり、機能で選択することもあったようだから、先ほどの言葉は取り消した方がいいかもしれない。


「しかし……」


 話を戻そう。


 今の今まで、機能性だけを重視して、黒色の上下の肌着と、灰色の上下のスウェットというラフな格好で、それを年がら年中朝から晩まで四六時中、運動も食事もすべて問わずに着ていた。


 今まではそれでも良かった。生活スコアに関係ない上に、別に裸であろうと誰に文句を言われるわけでもないのだから気にする必要もなかった。


 しかし、最近、運動量を増やしたことで発汗量が増えて、発汗している時間も長くなった結果、AIから汗の吸収量が多くて速乾性の良い運動着をオススメとして提案された。


 私に断る理由もなく、AIの言われるがままに従って、用途別の着替えをいくつか新調しようと思ったわけだが、デザインや色のラインナップに圧倒されてしまったのだ。


「多すぎるだろう……」


 画一的な方がいいのではないかという質問をAIに先ほど投げかけてみたが、人によって、色やデザインでモチベーションが変わるから維持し続けなければいけないということだった。そこで、さらに踏み込んで、オススメを聞いたわけだが、まだまだ絞りきれないという状況に至ったわけだ。


 私は多様性を否定する立場ではないものの、細分化され過ぎた個への適応、つまり、行き過ぎた多様性は私のようなものには混乱を覚える対象なのだと、この歳になって気付いた。


 まあ、長々と言ったが、要は興味がないから、何でもいいのに、何でもあり過ぎて決めかねて、その結果、思考が先ほどから一旦停止してしまった。


「いっそのこと、スウェットに合わせて灰色にしてみるか? いや、まずは色だけでもざっと眺めてみるか」


 ただ、今はちょっと違う。いざ選ぶとなると、自分の嗜好とやらがあるのかという新たな疑問が湧きあがり、延々とモニターを眺めている。


 しばらくして、モニターにAIからのオススメとオススメの理由が持ち上がってきた。オススメの理由は「アカハ、キモチヲアゲルコウカガ、アルトイワレテイマス」というもので、私の機能性重視の考えを汲み取ってくれている内容だった。


 AIに従おう。今までもそうしてきたじゃないか。自分の嗜好がどうとか、私は一体、何を考えていたんだか。


 まったく、私らしからぬ、時間の浪費だったな。


「じゃあ、オススメの赤の運動着上下にしようかな」


 AIは私の言葉に反応して、「ジカイイコウ、ウンドウマエニ、シキュウシマス」とモニターに文字を表示した。


「他人は一体どのようなものを選ぶのだろうな、無駄な時間を浪費してまで……。おっと、それよりも、さて、次はえっと就寝用のパジャマと……それと……」


 この歳にして、会いもしない多くの他人にほんの少し興味を覚えつつあったが、まだ自分の服装選びが終わっていないことに気付いて、再び服装選びでモニターにかじりつく羽目になっていた。

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