第29話 覚悟

 若い貴族たちからの聞き取りを終えたものの、新たなことは何一つわからなかった。意気消沈した三砂が、肩を落として糸季たちに頭を下げる。


「申し訳ございません。私の力が及びませんでした」

「謝らないで下さい、三砂様。それに、左大臣様は何もわからなかったわけではない、とおっしゃっていました」

「……そう、なのですか?」


 三砂が顔を上げると、和史は「ああ」と頷く。


「少なくとも、皆知っていることを全て話したわけではないだろう。特に有丞は」

「有丞様……。少し目立つ方でしたね。ご存知なのですか、左大臣様」

「あいつは、我が一族の者だ。とはいえ、厚平を慕っているがな」


 厚平は、和史が左大臣という臣下の中で最高位にいることを良く思っていない。実の弟で右大臣だが、己の娘を皇子に嫁がせて次の帝を生ませようと画策しているのだ。


「私には娘はいない。遠からずあちらに長の権限は移るのだが、あいつが自分のことだけでなく周囲のことも見られるかが不安だな」

「左大臣様……」

「……おっと、身内の話はこれくらいにしておこう」


 咳払いをした和史が、これまで集めたことをまとめる。人差し指から順に指を立てながら、確かめるように言葉にしていく。


「歌会の席で、一の皇子様は突然川の中に倒れられた。厚平たちが助けるが、気を失ってしまわれた。目覚めてからも声がしばらく出ず、出た後も大事を取って公務を欠席なさっている。……二の皇子様は、一の皇子様を殺めようとしたと疑われ、今は我が邸におられる。これくらいか」

「一の皇子様が川の中に倒れられた理由は、川に引きずり込まれたからです。当然川の中に人はおらず、犯人は不明。……そのため、普段から折り合いの良くない二の皇子様が疑われております」

「ああ、そうだな。補足をありがとう、三砂」

「はい」


 慎ましく首を垂れる三砂に頷き、和史は糸季の方を見た。


「正直、ここから何かを分かれという方が無理な話だろう。前に言ったように、陰陽師が関わっていると考えた方が自然だ」

「そうですね。……一の皇子様は兎も角、澪殿下を排除しようと考えている誰か。更に、特別な力を持つ陰陽師を操ることが出来る人、ですか」

「……」

「……」

「……。おそらく、全員考えている名は同じだろうな」


 大きく息を吐き、和史が言う。その声に悔恨と寂しさを感じ、糸季は「すみません」と目を伏せた。


「あまり口に出すべきではないと思いまして」

「わかっている。私とて、疑いたくはない。だがならば、味方も敵も利用して最大の利を得ようとすることくらいは考える。……出来る限り早く、一度問い詰めよう」


 三人の頭にあるのは、とある人物だ。雫が即位することを望み、澪を排除したい者。それは幾人もいるわけだが、そこに特別な陰陽師を抱えられる者となると、都においては一人に絞られる。誰一人としてその名を口にしないのは、ここが内裏だからだ。

 人命を伏せた上で、三砂が糸季を振り返る。


「これは、左大臣様にしかお願い出来ません。良いですよね、糸季姫様」

「勿論です。お願い致します、左大臣様」

「――わかった」


 眉間にしわを寄せ、和史は首肯した。彼にも覚悟があり、そしていつかしなければならないを恐れていた。


(しかし、もう逃げることは許されない)


 和史の引き締まった表情を見て、糸季もまた気持ちを新たにした。


 ☆☆☆


 その夜、左大臣和史の邸にて。

 すっかり日の落ちた闇の中、ぼんやりと明かりの灯る部屋がある。その部屋では、澪が内裏でのことを和史の口から聞いていた。


「……そうか、右大臣が」

「はい。その可能性が最も高い、という結論に至りました。つきましては、早々に弟を呼び出し、一の皇子様にもご報告しようかと」

「あまり無茶はするなよ、左大臣。俺が言えた義理ではないが」

「まあ、そうだな。お前は危険な橋を渡ろうとし過ぎだ、澪」

「……五月蝿い」


 右手で頬杖をつき、澪が口を尖らせる。そんな表情まで見せてくれるようになったこの不遇の皇子に、和史はどうにか幸せを感じて欲しかった。だから十年以上近くにいて初めて聞いた我儘を無理矢理通し、糸季を都に呼び寄せたのだ。


「そういえば、もう心の整理はついたのか?」

「整理? ああ、これのことか」


 とんとんと自分の右腕を指で叩き、澪は不器用に笑った。

 そこにあるのは、澪が本当に雨神の生まれ変わりだという証拠の痣。絵巻物に描かれた文様を地面に描いた結果、痣だったはずの蛇が具現化し、止めようとした糸季と和史に襲い掛かったのだ。


「どうにかこうにか、納得させた。というか、納得せざるを得なかった。……お前のこともあいつのことも、絶対に傷付けたくなんてないからな」

「……そうだな。大事な人だもんな、お前にとって」

「しっ、しみじみと言うな!」


 カッと顔を赤くして、澪は手の甲で顔を隠す。それでも照れているのは明白で、和史は内心ニヤついていた。

 澪は目の前の年の離れた兄のような男を前に咳払いをして、表情を改める。


「兎に角、俺もすべきことがあったらいつでも呼びつけろ。これは、お前たちに放り投げているだけで良いはずがないのだから。――おれ自身、すべきことのために動かせてくれ」

「わかった。また暴れたら承知しないからな」

「ああ。……二度と、傷付けない」


 右手首を掴み、澪は自らの力を御することを決意した。

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