第4話 雨神様と瓜二つ

 話して面白い内容ではない。そう一言断り、澪は淡々とした口調で糸季相手に自分が実父や兄から嫌われ遠ざけられている理由を話し始めた。

 それは、天叶国あのうこく建国神話から始まる。


「少し長くなる。……糸季といったな」

「は、はい」

「糸季は、天叶国の建国神話を知っているか?」

「確か……。まだ国ではなく村だった頃、雨が全く降らなかったことがあったとか。土地は干上がり作物は出来ず、人々は困り果てて死を待つだけだった。しかしある時、旅の途中でその地を訪れた青年の力で雨が降り、土地は豊かになりました。その青年が訪れた村を中心に国が生まれ、青年は『雨神様』として神と同様の扱いを受けている。という話でしたよね」

「その通り。……俺は、その『雨神様』に顔が良く似ているらしい。大昔の人物で、そいつの顔を知る者は誰もいないはずなのに、俺が生まれた時に占者せんじゃが言ったんだと。『この皇子様は、雨神様と顔が瓜二つだ。雨神様の再来だ』とかなんとか」

「雨神様の再来……」


 そういえば、と糸季は思い出す。幼い頃、都に商いに行ったという商人から聞いたことがあった。帝の幼い二の皇子は、伝説の再来らしいと。

 伝説の人物、しかもそれが建国における重要人物と帝の子が瓜二つだと占者が判じた。帝が呼んだ占者ならば、腕は確かだと帝が認めているということになる。その人物の言葉となれば、きっと当時は喜ばれたのではないだろうか。

 糸季がそう口にすると、澪は軽く頷く。


「そう、歓迎されたらしい。しかも、俺が生まれた日は数か月ぶりの大雨だったというからな。だが、俺が十歳の時に待遇は大きく変わった。……雨乞いの儀が失敗に終わったんだ」


 建国神話に雨を呼ぶ青年の話が出て来る通り、天叶国は雨が少ない土地だ。毎年行われる雨乞いの儀は国家行事であり、その年の作物の出来等を占う大切な行事。

 糸季が詳しく聞けば、十歳の澪が雨乞いの儀を執り行ったが雨はその後数か月降らず、人々は干ばつを恐れ澪を恨んだという。


「でもそんなの、殿下のせいではありません! 雨乞いの儀は確かにわたしのところでもたびたびやりましたが、雨が本当に降るか降らないかは時の運です。そんなこと、誰もがわかっているはずでは……?」

「普通ならな。でもあの時、そう考える奴はいたかもしれないが、ごく少数だ。……あれは、儀式の形をした腹の探り合いだからな」

「腹の探り合い? ……誰かを陥れることを目的にしている、ということですか?」


 そして、その「誰か」とは。思い付いてしまい、糸季は身を震わせる。澪は遠くを眺め、ちらりと糸季を見て頷いた。


「そう、俺だよ。帝の正室である皇后の第一子である一の皇子を次の帝にと推す者たちにとって、俺は厄介者、邪魔者でしかないからな。雨神様と瓜二つの癖に、雨乞いの儀を成功させられないとはとんだまがい物だ。そんな声を聞いたこともある」

「そんな……。雨神様と本当に瓜二つかもわかりませんし、雨乞いの儀は成功するとは限りません」


 幼い、たった十歳の少年が背負うには、あまりに重い。例えこれが二十歳であっても、人々の負の感情に何も感じないという鋼の心を持つ者は極僅かだろう。

 糸季が顔をしかめると、澪は肩を竦めた。


「まあ、そうなんだけどな。年長者の中には、妄信的に雨神様の再来を信じた者もいたということだろう。再来を利用した者もいた。……兄を次の帝へと推す者たちは多いし、俺自身は帝の地位に執着などない。勝手にやってろ、というのが本心だな。母上も女御だったが、その地位は低い方だった。それも反対派が多い一因だろう」

「でもそれでは、殿下の評判は落ちる一方では……?」

「その結果が今、ということだ。俺としては放置される方が気が楽なのだが、三砂みさごや左大臣は気にするらしい」

「お二人共、心配なさっているのですね」


 だから、二の皇子に嫁をと考えたのだろうか。少々一足飛びではないかと思わないではないが、二人が知恵を絞った結果なのかもしれない。そう、糸季は思った。

 ふわりと微笑む糸季を見て、澪はすぐに顔を背けた。糸季から見ると、何故か耳が赤い。


「殿下……?」

「……何でもない。兎に角、これが俺の多くから嫌われている理由だ。俺のもとに来れば、お前にもそういう目が付きまとう。……帰るのなら、まだ送ってやれる」


 暗に、春宮に帰れと澪は言う。しかし糸季は、首を横に振った。いいえ、と返事をする。


「わたしは帰りません」

「何で、だよ。ここにいたら、きっと嫌な思いをたくさんさせる。後で泣いて『やっぱり帰る』と言っても、帰れるとは限らないんだぞ!?」

「そうかもしれません。でも貴方は、わたしのことを考えて『帰れ』とおっしゃるのでしょう? 嫌な思いをするから、と」

「……ああ」


 頷く澪に、糸季は笑みを向けた。


「だから、です。殿下がお優しいから、わたしは心を決めました」

「優しく……なんてない。そんなこと、母上と三砂くらいにしか言われたことはない」

「なら、わたしが三人目ですね」


 ふふっと笑った糸季に対し、澪は顔をしかめて目を逸らす。まだまだ心を近付けるのは難しそうだ。そう思いながらも、糸季は都での最初の味方を得られた気がした。


 ☆☆☆


「優しい……なんてな」


 糸季と顔を合わせたその夜、澪は一人自室から月を見上げていた。梟が何処かで鳴き、更に風に木々の葉が揺れる。たった一人内裏の隅に追いやられてから、何年もの時が過ぎた。

 その間、三砂や左大臣が澪の傍にいてくれた。澪はそれに感謝しつつも、二人がそのせいで内裏において微妙な立場になることを恐れて突き放すしかない。不器用過ぎて、自分を偽ることも難しかった。

 澪はごろんと仰向けになり、夜風を感じる。そして、昼間のことをまた思い出すのだった。


「本当に、あの子なんだな」


 小さく誰にも聞こえない声でぽつりと呟き、澪はわずかに表情を和らげると立ち上がった。

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