ある休日の話(彼方よりきたりて現パロ)
とある休日。
シリウスは待ち合わせ場所に向かい、イヤホンから流れる音楽を聴きながら歩いていた。初夏の時分でまだ涼しいとは言っても、それなりの距離を歩けばじわりと汗ばむくらいの気温である。
そうして辿り着いた待ち合わせ場所。そこにはすでに一人の青年の姿があった。
薄茶色の髪をひとつに束ね、Tシャツにデニムとラフな格好をしている青年。彼はスマートフォンを弄っていたがシリウスに気がついて顔を上げる。
「よう、シリウス」
「おはようございます」
軽く手を上げるリゲルに挨拶を返しながら、シリウスは近くまで来たところで足を止めた。
「サルガスはまだなんですね」
シリウスが姿の見えないもう一人の名前を出せば、対面にいた青年はちらりと腕時計に視線を落とす。
「約束の時間まではもう少しあるからな。あいつ遅刻はしないし、すぐ来るだろ」
スマートフォンをデニムの後ろポケットに収めながらそう言った後、リゲルは苦笑い混じりの表情を浮かべた。
「それよりお前、また何かしたろ。昨日先生から『カノープスを何とかしろ』って言われたぞ」
諌めるようなその言葉に対して、シリウスはハハッと小さく笑う。
「……やだなぁ、人聞きの悪い。誰が先生に泣きついたか知りませんけど、ふざけた事ばかり言ってくるからそれなりの態度を取ってるだけですよ。……こちらにちょっかいを出してこなければ何もしませんって」
すらすらと弁解を述べるシリウスだがその顔に反省の色はなく。「誰か知りませんけど」と話す割におおよその目星をつけていそうな様子を見たリゲルは苦笑いしたまま視線を返した。
シリウスの家は家事などの代行事業……いわゆる「何でも屋」をやっており、それをネタにからかってくる人間がたまにいる。
……人畜無害そうな大人しい見た目かつ基本は丁寧な振る舞いをするから「ちょっとからかっても大丈夫だろ」……と勘違いされやすいが、シリウスは周りに見せていないだけで中身はクセがあり気が強い。
自分自身の事だと静かに笑って流すが、そこに家族の事を絡めると一気に温度が下がり相手を徹底的に追い込む。
また、その場合は事前に様々な情報を集めてから行動に移すためやられた相手は迂闊に周りに相談も出来ず、どうしようもなくなって先生達に泣きつく……というのが何度かあった。
かくいうリゲルがシリウスと関わるようになったのもクラスメイトに相談を受けたのがきっかけだ。
とはいえ、細かく調べるとシリウスから先に何かした事は一度もなく、しかし特に言い訳もしないものだから都合の良いように言われている事も多く。
これは放っておくと孤立するな……。
そう思ったリゲルがフォローするようになり、少しずつ気を許すようになってきたシリウスと仲良くなって今に至る。
「……あ」
不意にシリウスが短く声を上げ、それに気付いたリゲルが口を開く前に「ちょっと失礼しますね」とだけ言ってその場から離れて行く。急にどうした、と思ってシリウスの歩いて行く先に顔を向け──その理由にリゲルは納得して小さく笑った。
その先にはコーヒーショップのテーブルが並んでおり、その中のひとつに濃い灰色の髪を無造作にひとまとめにした少女が一人、椅子に座って本を読みながらコーヒーを飲んでいた。黒色のジレに白のパンツスタイルといった格好で、その表情からも落ち着いた雰囲気をかもし出している。
そうして一人黙々と読書をしていた少女だが、フッと手元に差した影に気付いて顔を上げた。
「おはようございます、エルナトさん」
「……おはよう」
小さく笑みを浮かべて挨拶をしてきた青年に対し、エルナトは一瞬眉を潜めながらも挨拶を返し──……それから何も言わずに視線を本へと戻す。
「休みに折角会えたのにつれないですねぇ」
シリウスがそう言いながら対面の椅子を引いて腰掛ければ、エルナトは咎めるような目で相手を見やった。
「おい、何も注文してないのに座るな」
「……注文してきたらここにずっと座ってても良いんです?」
少し目を細めて笑うシリウスの言葉にエルナトは笑わずに目を細め──それから深いため息をつく。
「……アリアが来たらそこどけよ」
「判りました。有難うございます」
とりあえずの許可にお礼を述べた後、シリウスはエルナトの手元に視線を落とした。
「ところで今日は何を読んでるんですか?」
「深層心理学。……二年に上がってから、何を考えてるか判らない奴に絡まれる事が増えたからな」
「そうなんですか。大変ですねぇ」
「……通じないかぁ」
さらりと流された言葉にエルナトから諦めの混ざった声がもれた。
「……シリウスはまた委員長に絡んでんのか」
二人のやりとりを離れたところから見ていたリゲルだが、後ろから聞こえた声に振り返る。
そこには赤毛の背の高い青年が立っていて、コーヒーショップの方へ視線を向けたままゆっくりとした足取りでやってきた。
「おはよう」
「おはよう。お前らは相変わらず来るの早いな」
赤毛の青年──サルガスはシリウス達の方を見ながら挨拶を口にした後で「やれやれ」という風に笑みをこぼす。
「アイツって判りにくいけど判りやすいよなぁ」
「……ま、仕方ないだろ。エルナトはシリウス自身から話を聞く前も聞いた後も、誰に対しても公平な態度を取ってるし……今まで周りにそういうタイプ、いなかったようだしな」
「ふぅん。そういうモンか」
サルガスはポツリと呟かれたリゲルの言葉に軽く返した。
「あれ、リゲル君達?」
横から飛んできた呼びかけにリゲルとサルガスはそちらに顔を向ける。そこには青光りする綺麗な黒髪をポニーテールで束ね、夏らしいワンピースを身につけた少女が立っていた。
「よう、アリア」
サルガスが軽く手を上げて声をかける一方、アリアは笑みを浮かべてそれに答え。それからリゲルの方へ視線を向けた。
「リゲル君達もどこか行くの?」
「あぁ、この間出来たモールに行こうと思ってな」
「あ、そうなのね。私達もそこに行く予定なんだけど……」
そう言いながらアリアもコーヒーショップの方を見る。
「……ちょっとゆっくりさせてから行こうかなぁ」
表情を緩めて笑う少女に、ふと思い出したようにリゲルが口を開いた。
「前から少し思ってたけどお前、シリウスがエルナトに近付くの反対してないよな」
その問いかけを聞いたアリアは一度口を閉じて。それからリゲルへ顔を向ける。
「エルナトが嫌がってないから別に良いかなって。突き放すような態度を取ってるけど、本当に嫌ならもっとはっきり拒否するから、エルナト」
「……そうなのか?」
「うん、そう。シリウス君もそこは判ってて、そのラインを越えないようにはしてるみたいだし」
「……ふむ」
アリアの言葉を聞いたリゲルは小さく呟いた後、フッと笑って彼女に向き直った。
「……行き先が同じなんだ。折角だし皆で一緒に行かないか?」
その提案にアリアは一瞬きょとんとして──それから、表情を崩して笑う。
「……エルナトがOKならね」
「判った。サルガスも良いか?」
「別に良いぞ」
「有難うな。……おーい、シリウス! エルナト!」
サルガスの二つ返事を聞いた後、リゲルはシリウス達に向かって声を飛ばす。
……これは、どこかであったかもしれない、違う世界の話。
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