サボり

「──あ」

「ん?」


 ある日の昼下がり。

 昼食後、本来なら授業を受けている時間。階段を上がり屋上にやってきた僕を出迎えたのは、午前中はいなかったはずのクラスメイトの姿だった。

 ……休みだと思っていたが来てたのか。


「……何お前、サボり?」

 そう言いながら、彼は横に置いてあったコーヒー缶に手を伸ばして一口飲む。

「……そういう君は学校来てたのか」

 扉を閉め、彼がいる所から離れた場所に歩いて行って腰を降ろした。それから手に持っていたペットボトルの蓋を開けて口をつける。……炭酸が辛くてキツい。


「真面目ちゃんがサボりとか珍しーね」

 にやりと笑いながら彼はこちらを見ている。……言葉だけだと嫌味っぽく聞こえるが、口調のニュアンスは単純にそう思った上で発言だ。僕は何も言わずに視線を返した後、再びペットボトルに口をつける。

 ……ここに僕がいる事に対してもっと追及されるかと思ったけれど、彼はそれ以上何か言う事はなく。時折コーヒーを飲みながらスマートフォンをいじっていた。


 授業中だからか全体的に静かで、屋上だけぽっかり世界から切り取られたみたいだ。

 高くて淡い水色の空をぼんやり見上げながらそんな事を思う。


「……なー、ちょっといい?」


 不意に聞こえた声に、僕はそちらへ顔を向ける。視線の先には彼がスマートフォンを片手にこちらを見ていた。

「教えて欲しいんだけどさ、天王星と冥王星の間にある惑星ってなんだっけ」

 脈絡ない質問に僕は一瞬目が丸くなり──ややあってから口を開く。

「……海王星」

「あ、そっか、それか。サンキュ」

 僕の言葉を聞いた彼は軽いお礼を口にした後、スマートフォンに何かを打ち込んでいた。

「…………何やってるんだ?」

「あぁ、クロスワード。解いたら抽選で肉がもらえるからさぁ」

 顔を上げずに返事をする彼はしばらくスマートフォンとにらめっこしながら時折何かを入力して──全て解き終わったのか「よし」と短く呟いた。


「おかげで解けたわ、サンキューな。当たったらお前にも肉やるよ」

「……いや、要らないな」

「遠慮するなって」

 全く遠慮をしているつもりはないのだが。

 こちらの言葉をさらっと流した彼はコーヒーをあおるように飲み干し、それから膝に手を当てて立ち上がる。

「クロスワードも終わったし帰るわ。じゃーなー」

「え」

 午前中も授業に出てないのに帰るのか。何しに学校に来てるんだ?

 そう思ったのが顔に出ていたらしく、彼はヘラっと笑みを浮かべた。

「学校の方が集中出来るんだよ」

 その答えに僕は少し口を閉じ。

「……そうか」

 深い追及は止めて、ただそれだけ呟く。

 彼は口元に笑みを浮かべたまま入り口のドアノブに手をかけた。

「また会う事があれば宜しくなー。午前中は大体こっちいるからさ」

 軽い口調でそう言って、彼はドアの向こうに姿を消す。


 ……切り取られた世界に一人残された僕はしばらく閉じたドアを見ていたが、フッと空を見上げた。


 ──これが、僕と彼との最初の出会い。

 僅かな時間と切り取られた屋上だけで進む、なんて事ない日常の話の始まり。

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