魔法のアイテム〜最後の物語〜

 エイドは元々この世界の人間ではない。


 事の発端は半年と少し前。

 あるアイテムの解析に当たり、それに内包されていた黒竜の魔力に侵食され体を乗っ取られかけた。

 アイテムから離れる事で一時的に改善はしたものの、一度魔力を取り込んでしまったが故に繋がりが完全には切れず。離れても少しずつ侵食されているのを感じたエイドは上司であり研究所所長であるアランに相談をした。


「……結び付きが切れない以上、侵食され尽くす前に黒竜の魔力を全部使い切っちゃうしかないよねぇ。もったいないけど」

 深くソファにもたれながらアランはさらりと言葉を返す。

「世界規模の天変地異でも魔法で引き起こせば? そしたら魔力使い切れるんじゃない」

「冗談はいらないです」

 けらけら笑いながら話すアランに、エイドは真顔で視線を向ける。……アランが「冗談のつもりはないけど」とぽつりと呟いていたが、エイドはもちろん同席していたアランの助手もそれは無視した。

「あまり時間もかけれませんし……人の居ない山とかで魔力消費量の多い魔法を使い続けるとか……」

 助手が顎に手を当ててアイデアを出すが、アランはパタパタと手を横に振る。

「あー、駄目駄目。杖に触れたら侵食スピードが一気に上がるんだから無理。使い切る前に乗っ取られるぞ。一発で魔力使い切るくらいの大魔法を使わなきゃ」

 だから天変地異クラスの話をしてるんじゃん、と呆れ顔で言葉を続けてきたのでエイドと助手は顔を見合わせ……ほぼ同時に「いやいや」と首を横に振った。

「もっと穏便で被害が少ない方法を考えて下さい」

「えー? いいじゃん天変地異で。大丈夫、世界は広いから何とかなるって」

「そういう問題じゃありません」

 一気に面倒くさそうな顔になった上司に二人も呆れの顔を向ける。

「面倒くさいなー」

 部下二人の様子にブツブツと呟きつつ、アランは考え込み。しばらくしてから「……あー……」と声をもらした。

「気は進まないがひとつ方法がある」

 アランの気が進まない時は、大体アランにとってつまらない……至って平和的に物事が進む時である。エイドと助手はホッと胸をなで下ろしながら言葉の続きを待つ。


 ……そうして。

 アランから提案されたのが天球儀で見れる世界に魔力で穴をこじ開けて移動する事だった。

 穴を開けるだけでもあり得ない量の魔力を使うのに加え、万が一魔力を使い切れなかったとしても次元の違う世界に行けば繋がりは切れるだろう──というのがアランの見立てだった。

 ……実際、魔力を使い切ったのかどうかは判らなかったが、こちらの世界に来た時点でエイドは黒竜の魔力を一切感じなくなっていたからアランの見立ては正しかったのだろう。


 ……唯一の気がかりは妹のミモザの事。

 アイテムが原因で世界を越えなきゃいけないような事態になった事を知ったら、これ以上なく落ち込むかもしれない。

 だからエイドはアランに「今回の事はミモザに言わないように」「何かの調査に出て、その途中で行方知れずになった事にしてほしい」とお願いをした上でこちらに来ていた。

 ……あの偏屈上司がどこまで頼みを聞いてくれるかは判らないけれど、ここに来てしまった以上どうにも出来ない。

 アランが頼みを聞いてくれている事を祈るしかなかった。


 ……そして、もうひとつ。

「エイドが存在する世界だと互いの存在が干渉しておかしくなるかもしれない」というアランの予測の元、移動する世界は「エイドが存在しない世界」を選択した。

 ……ここに来てから判明したのだが、実際にはこの世界にもエイドは居たらしい。ただ、幼い頃に事故にあって亡くなってしまった──と、この世界の両親やミモザから聞かされた。

 だから他の世界からとはいえエイドが来た事を喜んでくれて、快く受け入れてもらっていた。

 ……とはいえ「この世界にいたエイド」と「他の世界からやってきたエイド」が他人という考えはお互いにあり、エイド自身も両親や妹は元の世界にいる彼らだけだったので、そこの線引きをした上で関係を築いている部分もあったが。


 ……そんなある日、ミモザがエイドの部屋に少し申し訳なさそうにやってきた。

「エイドさん、少しいい?」

「どうした?」

 エイドはミモザを入口で出迎えるが、その相手は後ろ手に何か持った状態で困ったような顔をしている。

「……えっとね、ちょっと渡しにくいんだけど……」

「?」

 歯切れの悪い物言いにエイドは首を傾げた。

 しばらくもじもじしていたが、ややあって決心したようにミモザは顔を上げ、後ろに回していた手を差し出す。

 ……その手には小さな包みが乗っかっていた。

「庭に落ちてたの。メモがついてて、エイドさん宛なんだけど……」

 後半にいくにつれ、もごもごとはっきりしない口調になるミモザの様子に、エイドは不思議に思いながらそれを受け取って──中を見てから苦笑いした。


 包みの中には小さなスプーンと小さなメモ。

 メモには短く

『馬鹿エイドへ。お元気で』

 ……と、見慣れた筆跡で書かれたメッセージがあった。


「……はは……」

 小さくついて出た笑いにあわせて、目頭が熱くなったエイドは目を押さえた。

「あの、それ……」

「……あぁ、うん。多分、僕の妹から」

 目元を隠したまま答えるエイドにミモザは少し逡巡して……一度目をつぶり、柔らかく微笑んでエイドを見る。

「一旦失礼するわね。また夕食で」

「……うん、また後で」

 ドアが閉まり、足音が離れていくのを聞きながら、エイドはスプーンとメモを握りしめてその場にしゃがみ込んだ。


 ……実用性はないけれど、幸せをすくう魔法のスプーン。

 正直言うとスプーンがなくてもメモがあれば感じたであろう幸せを噛み締める。


「……やっぱりアラン所長は信用出来なかったな……」

 静かな部屋の中で響いた声は小さくはね、余韻を少しだけ残して消えた。

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