魔法のアイテム〜四番目の物語〜
ミモザの兄、エイドが突然居なくなった。
半年の捜索期間後、彼は生死不明の行方不明者となり捜索は打ち切られたが、ミモザは兄が居なくなった事がどうしても納得できなくて──エイドが所属していた研究所にやって来ていた。
「…………」
こじんまりとした待合室の中、ミモザはギュッと拳を握って人を待っていた。
……部屋に通されて五分ほど過ぎた頃、ようやく部屋のドアが開き、ミモザはソファから立ち上がってその人物を出迎える。
「やぁやぁ、お待たせしました。今日は会議が多くてね。時間が押しちゃいました」
「……いえ。お忙しい中、お会いして頂き有難うございます。アラン所長」
「いやいや、あのエイドくんの妹さんならいつでも大歓迎ですよ〜」
深く頭を下げるミモザにカラカラと笑いながら、アランはどかっとソファに腰を降ろし、一緒に来たアランの助手は会釈をしてから奥の部屋へと入っていった。
「それで妹さん、ご要件は?」
「……兄の事でお話があります」
ミモザは固い表情のまま、クロノグラスを机の上に置く。
……一瞬、アランの眉が動いた気がした。
「……ここでの兄の処遇を見ました。兄が居なくなったのは……貴方達のせいじゃないんですか?」
「ん?」
ミモザの言葉にアランは首を傾げる。
「これを最後まで見たなら居なくなった理由は聞かずとも判るのでは?」
「……あんなの、ずっと見ていられる訳ないでしょう」
アランを睨みつけながら苦しそうに話すミモザに対し、アランは「……ふぅん」と言った後、ソファに深くもたれて小さく笑う。
「要するに妹さんは僕を断罪しに来たって訳?」
「……それもありますが……それより先に、居なくなった兄がどこに行ったのか……どうなっているかを知りたいのです。貴方なら知っているんでしょう? アラン所長」
「…………」
口元に笑みを浮かべてアランはじっと目の前にいる少女を見ていた。
「……最後まで見てない割に勘は良いみたいだねぇ。まぁいいや。……おーい、助手くん!」
「……はい」
アランの呼びかけに奥の部屋から助手の男性が顔を覗かせた。アランは首だけ動かしてそちらに視線を向ける。
「あれ持ってきて。天球儀」
その言葉に助手は「えっ」と動揺した様子を見せた。
「……ですが、あれは……」
「いいから。僕の言う事が聞けないの?」
「…………判りました」
若干不機嫌そうになった上司に、助手は渋々奥へ一度引っ込み──それから小型の天球儀を持ってきてアランに手渡す。
天球儀を受け取ったアランはそれをそのままクロノグラスの横に置いた。
「悪いがエイドくんについて僕の口から説明出来ないんでね。代わりにこれを貸してあげよう」
「……これは何ですか」
初めて見る物だが、魔力を帯びていてただの天球儀ではない事は一目で判る。
探るようなミモザの様子にアランは楽しそうに笑った。
「これはアーミラリ天球儀というマジックアイテム。これを使うとここではない違う世界が見れるんだよ。……エイドくんが使い方を発見したアイテムのひとつだ」
「…………」
ミモザの意識が天球儀に移った瞬間。
アランはさっと隣にあったクロノグラスを取って自身の横に置いた。
「あっ!」
思わずミモザが声を上げたが、アランは口角を上げて楽しそうに笑みを浮かべる。
「ただ貸して戻って来なかったら困るからね。保険だよ、保険。心配しなくてもこれに何かしたりはしない。天球儀を返してもらう時に返してあげるよ」
「…………」
ミモザはキッとアランを睨みつけるけれど、当の本人は意にも介さず話を続けた。
「とりあえずそれを一週間貸してあげよう。使い方は簡単、見たい軸を指定して魔力を流すだけ。そうすればその世界の映像が見られる仕組みだ。あ、そうだ。折角だから大サービスで助言をあげようか。N25/W71の軸を見ると良い」
「アラン所長!」
ぺらぺらと話すアランに対し、それまで黙っていた助手が焦った様子で声を上げる。
……その軸に何かがあるのは間違いないようだ。ミモザがそう思う一方、アランは不機嫌そうな表情で再びそちらを見た。
「さっきからうるさいなぁ、君は。もう用事はないからさっさと仕事に戻りなよ。話の邪魔をするな」
「…………失礼しました」
ぐっと何かを呑み込み、助手は深く頭を下げてから部屋へと戻っていった。
「横からうるさくてすまないね。さて、僕が話せる事は以上だけど、まだ何かあるかな?」
「…………いいえ」
言いたい事はまだたくさんあったけれど、それ以上に天球儀が気になっていたミモザは首を横に振る。
「……あぁ、そうだ。妹さん」
箱に入れてもらった天球儀を持ち、待合室を出ようとしたミモザをアランの声が止めた。
「誤解されるのは心外だから言っておくけど。……僕はこれでもエイドくんを気に入っていたんだよ。だから居なくなったのは本当に残念だ」
「…………」
アランの言葉にミモザは何も言わず視線だけを返し。
軽く頭を下げてから待合室を出た。
自分の部屋に戻ったミモザは早速天球儀を箱から出して机の上に置く。……箱の中には別で小さな包みが入っていたが、それに気付く事なく天球儀の前に立った。
先程言われた軸を合わせてから天球儀に手を触れて魔力を流す。……天球儀の上の空間が揺らぎ、パッとどこかの風景が映し出される。
見覚えのある風景……王都に来る前、ミモザとエイドが住んでいた村だった。見知った顔ぶれが多いが、ミモザの記憶よりも揃って年をとっているようだ。……これは……。
じっとその映像を見続けて──……そのうち、映像の中にミモザのよく知る人物が映って息を呑む。
……そこに居たのはエイドだった。
エイドは半年前に居なくなった時と変わらない姿だったが、その表情は全く違い穏やかで……王都に来る前の……昔のような雰囲気をまとっていた。
周りを見回しながらゆっくり歩いているエイドを見たミモザは泣きそうになるが──不意にエイドが足を止めて後ろを振り返る。
立ち止まったエイドの所に駆け寄ってきた人物を見てミモザはぎょっとする。……現れたのは自分だった。
映像だけで声は聞こえないけれど、楽しそうに笑う自分の姿と王都に来てから見た事がない表情で笑うエイドの姿に、すぅっと涙がこぼれて頬を伝う。
あふれる涙を拭う事なく、ミモザは天球儀に額を当て──静かに映像が流れる中、小さな嗚咽が部屋に響いていた。
……薄暗い夕暮れの部屋の中。
アランはソファに深くもたれながら目を閉じ、クロノグラスを手で弄んでいた。
「……アラン所長」
「何だい助手くん。僕は今忙しいんだけど」
呼びかけに対して目を開ける事なく、アランは声だけ返す。助手からすればいつもの事なのであまり気にした様子もなく言葉を続ける。
「……何故、彼女がそれを持っていたんですか?」
「…………」
助手の質問にアランは答えない。
「それはエイドが貴方に預けた物だったのでは?」
「細かいなぁ、助手くんは。見つからないように隠した物が単純に見つけられただけだよ」
さらりと言葉を紡ぐ上司に対し、助手は大きくため息をついた。
「……しかも天球儀まで貸してしまって……彼女まで向こうに行ってしまったらどうするんですか?」
そう言って頭に手を当てる助手の言葉に、アランは「ははっ」と鼻で笑いながらようやく目を開ける。
「心配するな。彼女の魔力量じゃ自身を飛ばすには至らない。出来てせいぜい小物を送り込むくらいだよ。……あれは黒竜の魔力があったからこそのイレギュラーだ。それがなければ普通あんな事は出来ないって」
「…………」
「お小言はもう終わりかい? なら今日はもう帰っていいよ。僕もあと少しやったら帰るから」
黙ってしまった助手にひらひらと右手を振る。
助手の男性はじっとアランを見た後、書類をまとめてから引き出しに仕舞い、深く頭を下げて部屋を出て行った。
……ひとり残ったアランは再び目を閉じてクロノグラスをひっくり返す。
「……この事は絶対、ミモザに……妹には言わないで下さい」
頭の中に浮かぶ、エイドからの頼み。
それを再び聞きながらアランは小さく笑った。
「……僕自身は言ってないからノーカンだよね」
明かりのない暗い部屋の中、アランの呟きが落ちて消えた。
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