魔法のアイテム〜三番目の物語〜
ミモザには双子の兄がいた。
生まれ育った村から一緒に王都に来て、別々に過ごしてはいたけれど決して兄妹仲は悪くなかった。ミモザは兄であるエイドが好きだったし、エイドも会った時には柔らかく笑顔を向けてくれた。
……だからこそ、エイドが何も言わずに突然姿を消してしまった事がミモザにはどうしても信じられなかった。
「…………」
ミモザは主の居なくなった静かな部屋を入口から口を閉じて見つめていた。
「何かありましたらお呼び下さい」
宿舎の管理人の男性はそう言った後、軽く頭を下げてから去っていく。
しばらく動かなかったミモザだが、ゆっくりと部屋に足を踏み入れてドアを閉めた。
……半年前に居なくなったエイドの部屋。
直前の様子がおかしかったという話も耳に入っており、何か手がかりがないか探しに来たのだが……。
「……何もない」
小さくこぼれたミモザの言葉が部屋に落ちる。
部屋の中は机とベッドにほんの少しの書物、そしてクローゼットしかない。必要最低限の物しかない部屋の中、ミモザは椅子を引いて腰掛ける。
ヒヤリとした椅子の感触に少し泣きそうになりながら、座ったまま机の引き出しを開けた。
引き出しの中も筆記用具やノートが数冊あるだけ。ノートの中身も見たがスケジュールや学習の記述、覚え書きのメモだけで特にこれといった事は書かれていない。
……手がかりがあれば、と思って中に入る許可をもらったけれど。この部屋の状況では望みは薄いし、何よりエイドの捜索で部屋を調べた時に誰かが見つけているだろう。
ため息をつきながらパラパラとノートをめくって──
「……あれ……」
……あるページでミモザの手が止まった。
書かれているのはただの予定の内容と日付。だが……。
「…………」
急く気持ちを抑えつつ、ミモザはパラパラとページをめくり、じっくり見てから違うページへ移動する。……その中には白紙のページもあったが、その場合は隅に書かれた数字を見ていた。
……昔、王都に来る前。
ミモザとエイドは両親へのプレゼントなど、知られたくない秘密の相談をするための暗号を作っていた。
十もいかない子ども達が考えたものだから、それに気付けばすぐに判るような暗号だ。
……だが、単純ゆえに。
難解な問題を解くような人間ばかりのこの場所では、逆に気付かれていなかったのかもしれない。
「…………」
一通りノートを見たミモザはそれを閉じ、引き出しに戻してから立ち上がって部屋を出る。
「おや、もうお帰りですか?」
「……はい。何かあるかと思いましたが、思っていた以上に何もありませんでした。……手がかりも、物も含めて、何も」
「……エイドさんはあまり物を持たない方でしたからね。また何かあれば言って下さい」
「有難うございます」
気遣うような管理人にミモザは会釈を返した後、その足で資料保管室へと向かった。
(……四つ目の棚、一番下の段……)
ゆっくりと数を数えながら暗号が示した場所を探す。
(灰色の箱……あった!)
目的の物を見つけたミモザは周囲に誰もいない事を再確認した後、そっと箱を開けた。
中に入っていたのは小さなクロノグラスだった。
砂時計になっているそれはキラキラと光る装飾で彩られており、初見でも値打ち物である事が判る。
……これは一体何なのだろう。
そんな事を思いながら何気なく砂時計をひっくり返した──その瞬間。
頭の中に突然映像が浮かび上がって来た。
「!?」
びくっとミモザの肩がはねる。……だが、見えた人物の姿にミモザは息を飲む。
そこにいたのはエイドだった。
王都に来たばかりの頃だろうか。
最後に会った時よりずっと小さい兄の姿にミモザは釘付けになる。……広い部屋にひとりで不安そうなエイドがいて……ややあって、部屋のドアが開いた。
「やぁやぁ君か! 無属性っていうのは!」
勢いよく開いたドアの向こうから現れたのは研究所所長のアランだった。アランは無遠慮にエイドをじろじろと見る。
「……あ、あの……」
「これといって特徴はなさそうだけど……まぁ、これから調べるからいっか」
怯えているエイドの様子を気にも止めず、アランは楽しそうに笑顔を見せた。
「仲良くしよう、無属性くん! これから宜しくね!」
場違いなくらい明るい声で話すアランの姿にエイドが不安の色を強くして──……瞬間、映像が暗転する。
……そして、次に見えた光景にミモザは言葉を失った。
検査と称した、実験といっても過言ではない様々なテストが連日繰り返され。
日を追うごとにエイドは憔悴していき……いつしかその顔からは感情が消えていった。
……クロノグラスの中の砂が全て下に落ち切り、頭に浮かんでいた映像がそれに合わせて消える。
……ここに来てからの七年間、ミモザがエイドと会ったのは数えるくらいしかない。
最初の三年はミモザも基礎を学ぶ期間だったので割り振られたグループの人間としか交流がなかった。その後は実地研修として外に出るようになり、エイドに再会したのは更にその一年後。
その頃にはお互い成長しておりエイドはあまり笑わなくなってはいたけれど、ミモザと会話をする時は若干表情を和らげていたので、単純に成長に合わせて落ち着いた性格になったのだとミモザは思っていた。
……だけど……。
ぽろぽろと瞳から涙が溢れる。
兄の状況に全く気付かず、のうのうとここで過ごしていた自分が情けなかった。
兄に頼ってもらえなかった自分が悔しかった。
色々な感情が入り混じってぐちゃぐちゃになり、あふれてくる涙を止められず。
その場でクロノグラスを握りしめ、うずくまり声を殺して泣いた。
「……ごめん、エイド……」
今はいない兄に対しての謝罪の言葉が、静かな部屋に落ちて消えた。
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