七夕
七月に入り、一気に夏らしい気温になる季節。
町の催しで開催する「七夕祭」の準備であちこちが賑やかな中、私はのんびりと道を歩いていた。
町の中心に位置する広場には大きな笹が三本ほど設置され、その前に置かれた机には「ご自由にご利用下さい」の張り紙と合わせて置かれた色とりどりの短冊。
私は机の前で立ち止まり、それをじっと見下ろした後で。何の気無しに一番上の青い短冊を手に取った。
「……あれ、るかじゃん。何してんの?」
短冊に文字を書き終わったところで後ろから聞こえた軽い声。……私は短冊の文字が見えないように自分の方に表面を向けて持ちながら振り返る。
そこにいたのはクラスメイトでバイト仲間の少年だった。
「……あ、短冊かぁ。そういやお祭り今週末だっけ」
私の後ろにある机と短冊の束を見ながら、ひとりで納得したように呟きをこぼす。
「折角だ、オレも書こーっと」
そう言いながら少年は短冊をガサガサと漁り、赤色の短冊とサインペンを手に取って机に向かい書き出した。……私の記憶では、彼は去年も赤色の短冊を選んでいた気がする。
書いている文字が視界に入らないように少し移動してから私は口を開いた。
「……アンタ、去年も赤い短冊を選んでたわよね」
「んー? あぁ、だって赤の方が目立つじゃん? カミサマに見てもらわないと叶えてもらえないし」
「え、カミサマ信じてるの?」
当たり前のように返してきた言葉にちょっと驚いて声をあげれば、彼はすぐに首を横に振って「いや別に信じてねぇけど」と否定を口にした。
「信じてないけどさー、こういう時はそう思う方が楽しいじゃん。ノリだよ、ノリ」
「……アンタはそういう奴よね……」
にこにこ笑顔を浮かべている少年に呆れ顔を向けた後、私は自分の持った短冊を笹に結ぶためにそちらへ向かった。
「オレが高い所につけてやろうかー?」
机の前から飛んできた声に私は首を横に振る。
「結構よ。そもそもアンタ、そんな身長高くないじゃない」
「あ! オマエ言ってはいけない事を言ったな! 努力してもどうにもならない事を言うのは言葉の暴力だぞ!」
「はいはい。ごめんなさいね」
「謝罪が軽い! 傷ついた!」
「はいはい」
ギャンギャン騒ぐ少年を流しながら、笹に短冊を結び終えた私は彼の所へ戻る。彼も書き終わった短冊を目一杯背伸びして、出来る限り高い位置につけて満足そうな顔で鼻を鳴らしていた。
「うし、やり切った」
「それは良かったわね」
ふー、と息をつく少年に言葉を返してから腕時計に視線を落とす。……今日はバイトの日だが、出勤まではまだ時間がある。
「アンタ、今日はシフト入ってなかったわよね。時間潰しに付き合ってくれるなら何か飲み物を奢るけど」
「え、マジ? やった、付き合う付き合う」
二つ返事で了承した少年の言葉を聞いた後、私はスマホを取り出してメールアプリを開く。
「どうせなら翔子も呼ぼうか」
「あ、良いねー。呼ぼう、呼ぼう」
少年は私の提案にうんうん、と頷いてくる。……あまりの軽い返しに、ちゃんと話聞いて了承してるんだろうか……と思いながら私はスマホを閉まった。
「るかの奢りかー、何にしようかなー。普段高くて手が出せないやつ頼んじゃおっかなー」
ニマニマと笑ってあれがいいこれがいいと楽しそうな少年に対し、私は冷ややかな表情を作ってそちらを見る。
「言っておくけど上限五百円だからね」
「そういうのさぁ、後出しにするのは卑怯だと思うんだよ」
「聞かれてないし」
「言えよ!」
すらすら話す言葉にテンポよく返してくるので内心で笑いつつ、表面上は何でもない顔をして。
……七夕の日、年に一度の願い事。どうか、叶いますように。
ゆっくりと彼と並んで歩きながら、私はそんな事を思っていた。
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