夜/月の扉

 ──満月の夜にだけ開く扉がある。

 そこに在るのは小さな花。

 扉が開くのを心待ちにして、ようやく迎えた満月の夜。わたしはゆっくりと扉を開けた。


 天窓から差し込む月明かりに照らされた、小さな花。私の大事で大切な小さな花。

 白く輝くような佇まいをしたその花は、わたしが入って来たのに気付いてこぼれるような笑顔を見せる。

「いらっしゃい、カヨ!」

「おはよう、ヨルカ。元気そうで何よりだわ」

 こちらに体を向けてきたヨルカに対し、わたしは小さく微笑みを返す。

 そうして彼女の元まで来たところで、ヨルカはぎゅっとわたしに抱きついてきた。

「ねぇ。今日は何を教えてくれるの?」

 抱きついたまま期待に満ちた瞳でこちらを見上げて来る、ヨルカの艷やかな銀髪をそっと撫でながら、わたしは右手に持っていたタブレットを見せた。


「今日はね、ヨルカみたいなお花の話をするよ」

「ヨルカみたいな?」

 オウム返しに言葉を紡いで首を小さく傾げるヨルカの体を少し離し、腰を降ろしながら彼女を膝の上に乗せた。それからタブレットの電源を入れて操作した後、ヨルカの前にタブレットを差し出す。

「ほら、これ」

「……わぁ! キレイなお花ー!」

 画面に映っているのは白く美しい大きな花。それを見たヨルカは感嘆の声を上げた。

「月下美人っていうのよ。夜にしか咲かない花で、どんなに咲いても年に数回しか咲かない貴重な花」

「そうなんだー……すごいねぇ! 夜しか咲かないのはどうして?」

「どうしてだと思う?」

 質問に対して質問で返せば、ヨルカは「うーん」とひとしきり考え込んだ後で「判った!」と言って得意気に笑う。

「ヨルカみたいな花なんでしょ? だったらねー、月が大好きだから夜だけ咲くんだと思うの!」

「……ふふ、それだったらすごく素敵ね。実はこれ、熱帯地域原産のサボテンの花で、コウモリが……」

 タブレットに映し出される写真をスライドさせながら説明をすれば、ヨルカは興味津々といった様子で画面をじっと見ている。


「……と、いう訳。判った?」

「うん、判ったー!」

 説明を聞いたヨルカはニコニコ笑ってこちらに顔を向ける。

 それに微笑みを返したところで、ヨルカは目を瞬かせてゴシゴシと擦った。……もう時間か。今回は早かったな。


「……眠そうだね、ヨルカ。もう寝ようか」

「やー……もっとお話聞きたい……」

 こちらの呼びかけに首を横に振るヨルカだけれど、その行動とは裏腹にうつらうつらし始める。

「今の状態で聞いても覚えられないから、続きはまた今度ね」

「……んー……」

 半分寝た状態のヨルカを抱きかかえ、寝台に連れて行く。

 横に寝かせる頃にはすっかり眠りについており、すやすやと寝息を立てていた。

「……おやすみ、ヨルカ」

 柔らかな銀髪をそっと撫で、わたしはその場を離れる。


 ……満月にしか開かない扉はゆっくりと閉じられて鍵がかけられた。


「……ご苦労だった」

「…………」

 外にいた上司が短く声をかけてくる。わたしは一瞥だけしてから、何も言わずに歩き出した。


「……おい、カヨ 」

 背後から名前を呼ばれたわたしは足を止める。ただ、振り返ることはしない。

「あまり情を移すなよ。失敗するぞ」

「……判ってますよ」

 極めて冷静を装って。わたしは短く返事をしてから再び歩き出す。


 ……次の満月の夜を心待ちにしながら。

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