第壱参話 地の底
「きゃあああああ」
耳を
歪み蠢く壁面、叫びながら身体にしがみつくカレン。
寝起きの頭に流れ込む情報を処理していると、上体を預けていた背面の壁が凹み、二人して倒れ、落ちていく。
「うォあッ」
「あああああああぁぁぁぁ」
背中を下に落ちているため、地面までの距離が見えない恐怖。
だが俺の身体ならどうせ死なない、それよりもカレンが怪我を負う方が後々まずいと考え、彼女の身体を抱きかかえ――
「ぁぁぁあああ、
生み出された風の障壁が落下する身体を優しく受け止め、無傷での着地が叶う。
「はぁっはぁ、大丈夫?」
「……おかげさンで」
壁面の蠢き様は次第に収まっていき、数分で完全に止まった。
「噂には聞いていたけど、本当にダンジョンの造り自体変わるのね……」
「進行方向が分かンなくなるンは辛ェが、下に落ちたンは良かッたかもな」
「えっ?」
「ドワーフどもン住処ァダンジョン下なンだろ。目的地に近づいてンだ、僥倖だろ」
はっとした表情のカレンを横目に立ち上がり、進むべき方向を考える。
落とされた場所は二人で通れる程度の一本道、右か、左か……。
「カレン、風向きァ正確に読めるか?」
「それくらいなら、簡単だけど……」
「風下はどッちだ? ドワーフも酸素無きャ生きらンねェだろ」
「そ、そうね! ……こっち!」
正直、半分は賭けだ。
ダンジョンを使わず別ルートで空気の取り込みを行なっている可能性だってゼロじゃない。
排気をダンジョンへしていれば、逆に風上へ向かうのが正解にだってなりえる。
しかし現状、洞窟内はひんやりとした空気に満たされている。
確証はない。が、賭ける価値はある。
カレンの先導に従いつつ、先程まで以上に入り組んだ洞窟内を慎重に進んでいく。
明りのない空間。
しかし、異様に見通しが利く……。
「なァ」
「なに?」
…………
「地脈にァ夜目を利かせる効果でもあンのか?」
「ん~。目に限らず、五感が鋭敏に作用させられてるのかも」
チャリッ…………チャリッ――――
「それァ、魔物にも効果有ッか?」
チャリッ……チャリッ……チャリッ――――
「少なからずあるでしょうね、確証はないけど――」
チャッチャッチャッチャッチャッ――
「――後ろかッ!?」
地面に硬質な何かが何度も当たる音が、後方から勢いを増して迫ってきた。
振り向くと、目前には既に鋭い牙が生え揃った大きな口が開かれていた。
咄嗟に左腕で顔面を守りきるが、代わりに片腕を喰い千切られた。
「クソッ、気付くンが遅れた」
「
「あァ……」
左腕を再生し、前腕部と手刀を硬化させ警戒を強める。
飛び掛かってきた
目の前では喰い千切られた左腕がブンブンと振り回されている。
まるでじゃれている犬の動きだが、その凶暴性は今見たばかりだ。
振り回すのに飽きたのか、急に腕を放り捨て再び鋭い視線をこちらへ向けられる。
「ンだよ、喰ッてくれりャ食材冥利に尽きンのによ――ッ!」
ガキィンッ!
再び飛び掛かってきた
余程硬質で丈夫な牙なのだろう、金属音にも似た快音が響く。
頭を弾かれた
弾いても一時凌ぎ、往なせばカレンが危ない。
三度目の大きく開かれた口。
その上部、人間で言うところの軟口蓋。
そこへ目掛け、左手刀を突き込む。
「キャィッキャイィ――」
鳴き声にもなりきらない声を上げるソレの身体を、腕を引くようにして地面へ叩きつける。
抵抗する間も与えず物言わぬ屍と化し、塵となって霧散した。
「……ほんと、アンタの闘い方って怖ろしいわね。簡単に腕もげるし」
「コレしかヤり方知らねェもンでな。それよか――」
チャッチャッチャッチャッチャッ――
「増援来ンぞ」
* * *
「……何やら、外が騒がしいのぅ」
地底ダンジョンの最奥。
百年ほど前から此処を根城として、敵の侵攻を受けず安全に暮らしてきた。
何度か聖皇国が調査を名目に訪れた事は有れど、形を変える洞窟と幾度も生まれてくる魔物の対処に追われ、最終的に物資切れで撤退する姿を見送ってきた。
その為、ここまで物音が響いてくるのは珍しい。
「外の様子はどうなっている? 聖皇国が本格的に攻めて来たのか?」
「いや、それが……」
地脈を制御している管制室、そこで洞窟内の映像を確認している相方へ問いかける。
相方は自分の見たモノを疑うように、しかしありのままを口にする。
「エルフ一人と、人間? らしき一人の、二人だけです……?」
「人間らしきってのは、どういうこった」
「見た目はそうなんですけど、大怪我してるはずなのに直ぐ治るんですよね……なんだこれ」
「ふぅむ……聖皇国の新戦力か? じゃがエルフが同行してるのが腑に落ちん」
幾ら我々ドワーフを毛嫌いしているとはいえ、亜人殲滅を目論む奴らに手を貸すほど馬鹿ではあるまい。
「どうします? このままじゃ後十分くらいで最奥部に着きそうですけど」
「……面倒事を持ち込まれても困るしのぅ。
「わかりました。一人に声掛けておきますね」
「ちゃんと殺すなと伝えるのだぞ」
「わかってますよ」
鍛冶仕事を任せている力自慢の
管制室から出ていく相方を見送り、視線を映像へ戻す。
「それにしても、何用だったかの?」
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