第壱肆話 一つ目

「ちょっと、何よあれ……」


 リュプスの群れをなんとか退け、辿り着いた広い空間。

 奥に見える堅牢そうな扉の前に、単眼の巨人が居座っていた。


「あン扉ァ奥がドワーフどもン住処ッてことか?」

「多分そうだと思うけど……なんであんなのが護ってるわけ!?」

巨狗鬼オークとなンか違ェのか?」


 確かに巨狗鬼オークよりも巨体ではあるが、その分敏捷性びんしょうせいは劣っているように感じる。

 現に、頭を掻くなどの動作が目に見えて遅い。

 しかし、カレンには違って見えているようで、

 

「……スーリは魔獣、餓鬼ゴブリン巨狗鬼オークは魔物って分類は伝えたわよね」

「あァ、魔獣ァ魔力まりょくン当てられてた動物、魔物ァダンジョンに生み出された奴らンことだろ? アイツも魔物じャねェのか」


 カレンは首を振り、冷や汗を浮かべながら一呼吸置いた後に、答える。

 

「あれは……独眼鬼サイクロプスは、魔人よ」

「……何が違ェンだ?」


 前提となる知識が無い故に、いくら深刻そうに言われたところで「魔人かァ……」くらいの反応しか出てこない。

 その様子を見てか、一瞬呆れ顔をされる。仕方ねぇだろ。

 

「……魔獣、魔物と違って、魔人は神様の眷族に分類されるわ」

「ォ前らも神樹ン眷族だろ。それとァ別物なンか?」

「名前ニ神ヲ授カッテハ居ルガ、我ラハ本質的ニハ神デハナイ」


 俺の問い掛けに対し、急に右手が喋り始める。呼んでないのに突然出てくるな。

 

「我ラハ元来、精霊ダ。己ノ得意ナ属性……我デアレバ水ト共ニ生キテイタ。其ノ中デ特定ノ種族ト共生シ、神ト呼バレルマデニ成ッタダケノ事。神樹モソウデアロウ?」

「はい、神樹様も風や木々を育む精霊だったそうです。そこで私たちエルフと共に暮らしていく中で大きく育った『世界樹』に根差した、と聞いています」


 つまりエルフは神樹を敬ってはいるが主従関係ではないって事か。


「……ンで、あいつン親玉ァ更に上位ン存在ッてか」

「文字通リノ神。コノ世界ヲ創造シ、多様ナル種族、動植物ヲモ産ミ出サレタ……其ノ神ノ眷族トハ、世界ヲ創造サレル時代ニ産ミ出サレ、御手足トナッタ者達ノコトヲ言ウ」

「つまり、独眼鬼サイクロプスはトロそうに見えるけど本気を出せば地形を変えることも容易いほどの力を秘めているわ……」

「そンな奴が、なンでドワーフ共ン住処護ッてンだ?」

「そう、それが不可解なのよ……魔人はもう役目を終えて還られてるって――」


 そこで、カレンの目が見開かれ、僅かに青ざめるのが見て取れた。

 その視線の先に目を向けると、件の巨体と目が合う。

 まずい、カレンの話が本当ならばまずは作戦を立てない事には対抗手段もクソもあったもんじゃない。

 俺は良いにしてもカレンが致命傷を負ってしまえば終わりだ。

 すぐにでも一旦引き返して――

 

「オデ、おまえら、ころすな、いわれた。ただ、おいかえせ、いわれた」

「……魔人ッて奴ァ喋れるンか?」

「知らないわよ、私だって本物は初めて見るんだから!」


 天上の神が遣わす眷属なら、まぁ言語を操れても不思議ではない、のか?

 だがお陰で、淡い希望が見えそうだ。

 力では絶対に勝てないだろう。

 しかし、言葉が通じる。

 最低限の知性があるなら、『人間』らしくやってみようか。

 

「……なァ、なンで通してもらえないンだ? 理由を聞かせちャくれねェか」

「りゆう、わからない。これからくるやつ、おいかえせ、めいれいされた」

「俺らァさ、ドワーフ達の友達なンだよ。なンとか通しちャ貰えねェかなァ?」

「ともだち? それ、ほんとうか?」

「本当本当。友達追い返したッてンなら、怒られると思うぞ?」


 やはりバカだ。

 最低限の知性があって言葉が通じるってことは、逆に言えば言葉で御しやすい……つまりチョロいって事に他ならない。

 会話で警戒心を解き、対話の意思を表現するため距離を詰めていく。

 

「ん~、でも、おいかえせ、めいれい……」

「大丈夫だッて、事情は俺らから説明すッからさ」

「ともだち、おいかえす、おこられる、よくない……でも、めいれい……」


 もう一押しでいけるか?

 

「なァ、臨機応変に行こうぜ?」

「りんき、おうへん…………ぅぅぅぁぁぁああああああああああああああ!!」


 幼い子供は、処理しきれない情報を与えられたり、感情が抑えられなくなると突発的な行動をとる恐れがある。

 これは問題を処理できるほどの知能が育っていない事が要因の一つと考えられる……。

 

 考慮するべきだった。

 最低限の知性をチョロいと考えたのが浅はか過ぎた。

 油断していたところに振り下ろされる掌底。

 

「――ッ、カレン!」

「ぎゃっ!」


 横に立っていた彼女を逃がすため突き飛ばす。

 それが、唯一取れた行動だった――

 

 * * *

 

 強い衝撃音に混ざる、水っぽい潰れる音。

 

「あ、やっちまっただ……」


 叩きつけた手を持ち上げ、独眼鬼サイクロプスは頭を抱える。

 

「ころすな、いわれてたのに、おで、おもわず……」


 突き飛ばされたカレンはギリギリのところで怪我を負うことはなかった。

 ハルトは生き返る。

 その前提もあるが、仮にそうでなかったとしても目の前の化け物相手に仇を取ろうなどとは微塵も思い浮かばない。

 地面に投げ出された恰好のまま、逃げるという選択肢すら取れずに居ると、

 

「ヤレヤレ、仕方ナイナ」


 クレーターの中央、肉塊の中から白蛇が顔を出した。

 

「地脈ノオ陰デ魔力ハ問題無イ、肉体ハ直グニデモ再生出来ルダロウガ……意識ガ戻ルマデ幾ラカ掛カリソウダナ」

「な、なんだ? へび?」


 先程まで悲壮感に包まれていた独眼鬼サイクロプスだったが、聞こえてきた声の主に興味を惹かれ、既に忘れている様子。

 

「エルフノ少女、少シ離レテオクガ良イ」


 思考が停止していたカレンも、声を掛けられたことで慌てて距離を取っていく。

 

「我モコノ少年ニ賭ケテイル。ダガ、今回ダケダ」


 そう言うと、白蛇は地面に散っている肉片を一つ、また一つと食していく。

 

「なにを、してるんだべ」


 その様子を大きな一つ目で追いかけ、たまに捕まえようと手を伸ばすが、白蛇は器用に避けながら止まらない。

 肉片を取り込むごとにその身体はどんどんと成長していき、全てを食し終えると一気に肥大化。

 独眼鬼サイクロプスと並んでも遜色ないほどの大きさとなった。

 

「おまえ、ころしても、おこられない」

「全力デ、行クゾ」


 立ち上がり、臨戦態勢をとる独眼鬼サイクロプス

 右手が白蛇の頭部を捕まえに行くが、それをスルリと躱し股下から左足、胴体、腋から右肩を通り首、頭部へと一瞬で巻き付いた。

 

「悪ク思ワナイデクレ」


 ギリギリと締め上げられ、呼吸も出来ず苦しんでいる。

 唯一動かせる左腕で白蛇の胴体を掴もうとするが、足に絡めていた尾を解き、新たに左腕へ絡み付け抵抗出来なくする。

 

「ぅ、お……」


 呻き、口の端に泡が溜まり始め……

 

「も、もうやめとくれ――ッ!」


 背後の堅牢そうな扉が開かれ、出てきた一人のドワーフの声が、洞窟内に木霊した。

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