第㭭話 相対
「ンで、何すりャいい?」
家……木か? から外へ出て様子を見る。
今のところ異変は無さそうだ。
「あちらの方角、この森の境界へ向かって来ています。目的は――」
「
「わ、わたし……」
二人の視線がリリアーヌへ向けられるが、本人に強い自覚は無いようだった。
「連中はォ前の血を求めテ迫ッてる。捕まレば昨日までの……いャ、それ以上に厳重に拘束されンだろォな。だが抗えば、此処にイるエルフ共を巻き込む事ンなる。……ォ前はどォしたい?」
過酷な選択だというのは分かってる。
自ら投降しまた監禁生活に戻れば、一晩とはいえ良くしてくれた彼らに迷惑を掛けることは無くなる。
「は、早く逃げ――」
「もォ無理だ。真ッ直ぐ此処ン向かッてンだ、何か算段がアるか、奴らはォ前の場所を把握する術を持ッてる」
絞りだされた逃げの選択を食い気味に否定する。
「……わた、しが、っ戻れば――」
「エルフ共に飛び火すッかは五分だろォな。……だが、ォ前はそれで良いのか?」
涙を堪える悲痛な表情。
元鞘に収まったところで、一度抜かれた刃が呼んだ波紋は元には戻らない。
「それで、みんなが納得、するなら……」
「俺ァ納得しねェ」
他者を虐げるために振りかざされる正義なんてのはクソだ。
それを容認する奴らの道理が正しいはずが無い。
「ォ前、さッき言ッたよな。俺のもンだと。どこデも付いテくと」
そういえば、誰かが言ってたっけ。
正義の反対は悪ではなく、別の形の正義だと。
「なら、俺が護ッてヤる。助けてヤる。絶対に」
傍から見れば、唯の偽善だと言われるかもしれない。
己に利があるからだと、後ろ指を指されるかもしれない。
……知ったことか。
世界救おうとする奴が、自分のものも護れなきゃ話にならないだろ。
大粒の涙を流すか弱き少女へ、右手を差し出す。
「交換条件だ。助けてヤるから、俺のモンになれ」
「――はい、っ」
世界が、他者を虐げる正義を掲げるなら。
俺は、コイツを護る為の正義を掲げてやるよ。
かかって来いよ、世界。
お前の正義を殺してやる。
* * *
「中隊長、本当に聖火を放ってよろしいのでしょうか」
「構わん。教皇様の指示だ」
「か、かしこまりました」
ラインハルト中隊長の下へ結成されたダンピール奪還部隊。
そこへ配属された一人の騎士は、森を目の前にして未だに葛藤していた。
「こんなにも豊かな自然を壊してしまうことが本当に――」
「おい、やめとけって。下手な発言は反逆罪と取られちまうぞ」
「わ、悪い……」
口から漏れ出てしまった想いを、隣にいた同僚に
「俺らみたいな下っ端は、上の指示を仰いで従っとけば良いんだ。あまり思い詰めんなよ」
「あぁ、ありがとう」
それだけ言うと、同僚は軽く手を振り配置場所へ向かっていく。
俺が悲観的な性格なのを知ってか、彼はいつも気に掛けてくれていた。
どちらかというと楽観的な彼。
正反対な性格だが、ウマが合うのか話していて落ち着く関係だった。
そんな彼の、飄々と去っていく背中を見送り――。
視界の隅、森の入り口。
「……ぇ?」
次の瞬間には、同僚の首が飛んでいた。
* * *
リリアーヌの特訓の成果は単純、故に効果が凄まじかった。
自身の血に
首筋へと噛み付き血を貰うと、彼女は若干色っぽい吐息を漏らしていたが、気にしない事にする。
飲めば飲むほど全身に力が……神樹の言葉を信じるなら、これが魔力なのだろう、が溢れてくるのが分かる。
歯を離すと、傷口は見る影もなく消えていた。
「あっ……」
少し血を貰いすぎたか、彼女はふらふらと倒れそうになる。
それを神樹に任せ、
「コイツを頼む」
「ご武運を」
単身、エルフの下を去る。
* * *
「よォ、中隊長様。また会ッたな」
噴き出す飛沫を浴びながら、まるで旧友に挨拶するかのように片手をあげる。
「よ、よ……よくも貴様ァァァアアアアア!!」
眉一つ動かさず険しい顔をしている中隊長に引き替え、鮮血の対岸から叫びと共に一人の騎士が飛び掛かってくる。
「威勢がイいな。嫌いじャねェ」
振り下ろされる長剣が、左肩口から肉を切り裂き――
ヌルン、と
「なっ――」
「が、そンだけだ」
左足を少し下げ、身体を旋回させる勢いで右の貫き手を喉元へ。
昨日、研究所で把握した青紫の死斑硬化。
関節まで固くなるため、両手十指のみに限定し機動力低下を防ぎつつ、指先での攻撃と防御を可能にした。
更に
貫いた手から血液を吸い上げ、魔力を高めていく。
全身が赤紫の死斑活性状態と成り、改めて中隊長へ対峙する。
「昨日の俺とァ違ェぞ」
「
周囲で武器を構えようとする騎士を制すと、彼は昨日と同じように小さな何かを飲み込み、
「聖騎士団、中隊長ラインハルト。手合わせ頼もう」
「……
一瞬の静寂。
各々、武器を構え――
十メートル近い距離が瞬く間に消え去った。
左から横薙ぎに振るわれる長剣。
姿勢を落とし左手先で往なしつつ側面を叩く。
先程とは違い甲高い金属音が響き、剣が砕けることはない。
踏み込んだ右足を使い、地面を抉る角度で右手刀を喉元へ放つ。
が、ラインハルトは振るった長剣の勢いを利用し左旋回、受け流される。
「貰ったッ」
更にそのまま繰り出された横一閃が、左脇腹から胴を両断。
「手応えあったな。確かに昨日とは――」
「ンだァ、もォ勝ッたつもりか?」
「――ッ!」
ラインハルトは大きく飛び退き、構えを取り直す。
その額には薄っすら汗が滲み出ている。
「部下が殺サれた事にァ顔色変えなかッた癖に、薄情だなァ?」
「辛くない訳が無いだろう……。我々は魔物や亜人共と相対して戦う為に訓練している。遠征の度に覚悟を決めているのだ、貴様には分からんだろうがな――ッ!」
「そォ言うもンかねェ!」
地面を踏みしめ、一足飛びでラインハルトへ迫る。
鎧で護られていない部位を狙い貫き手を繰り出す。
が、刀身側面、肩当て、冑、腰当てと絶妙に受けられていく。
同時に返しの刃で袈裟斬り、右薙ぎ、刺突と身体を長剣が通り抜けていく。
「ッたく、痛ェなァ!」
一瞬の隙を狙って繰り出した右貫き手も、読まれていたのか紙一重で躱され、
「――フンッ!」
斬り上げられた刃で、肘から先が吹き飛んだ。
「……なるほど、そういうことか!」
ぼとり、と落下する腕。
一旦距離を取り、落とされた腕を再生し体勢を整える。
「再生速度を高めた結果として、手応えはあれども剣はすり抜けたと錯覚させられた訳だな?」
「ご明察
リリアーヌが研究所内で毎日見続けてきた再生の魔法陣。
それを基に新たな付与として確立した再生速度上昇。
俺自身の再生能力と合わさることで斬られた部位は刀身が通り抜けると同時に再生を始める。
つまり、刀身の幅より厚みのある肉体部位であれば斬ったのに斬れていないと相手を混乱に陥れる事が可能だった。
しかし、斬り落とされた腕は刀身と同じか、やや細い。
「一発で見破るかねェ、普通」
洞察、推察、共に一級品。
やりづらい相手だ。
「そういえば、このような話を聞いたことがある」
「ァ?」
「再生能力を持つ怪物を倒すには、その傷口を焼いてやれ、と」
長剣を前方へ掲げ、左掌を根元から滑らせていく。
次第に紅い輝きを放ち始め、刀身は黄金色の炎に包まれる。
「
放たれた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます