第玖話 敗北
ズルン……。
色を失った景色の中、固い膜に覆われたナニカから吐き出される。
「何が、どォなッた……?」
ラインハルトや、騎士たちは既に視界内には見当たらない。
リリアーヌは、無事だろうか。
振り向いた先には、生い茂っていたはずの木々の姿はなく、未だ燻っている焼け焦げた跡地が広がっていた。
「ウソ、だろ……?」
絶対に護ると啖呵を切っておいて、このザマか?
いや、まだ神樹が結界で――
「おぉ、まだ生きておったか。関心、関心」
気配もなく、突如として背後からの声。
距離を取りながら振り向くと、そこには金色の髪に朱い和服のような衣装を身に纏った女性が、右手を口元にあてるような妖艶さを感じる姿勢で立っている。
「……ォ前は、何もンだ」
纏まらない思考から絞り出すように質問する。
誰だ、ではなく何者かを尋ねたのは、彼女の頭に動物を髣髴とする大きな耳が。
背後には髪色と同じ毛色の尾が生えていたからだった。
「ほほほ。妾は、そうじゃの……お主の知るところで形容するなれば、化け狐、九尾、玉藻前じゃの」
「ンで、そのお狐様がなンの用だ」
本心は今すぐにでも駆け出して、リリアーヌを探し出したい。
当ては無い。
だが、何もせずには居られない。
「まぁ、先ずは安心せい。神樹とエルフ共は無事じゃて。妾が少し離れた土地へ飛ばしたからの」
「嘘じゃ、無ェンだな……?」
「斯様な嘘を吐いて妾に何の得がある?」
仮面を貼り付けたようなその表情からは本心が読み取ることができない。
だが、だからと言って嘘と断定し切り捨てて良いものか……。
「じゃが、あの少女だけは別じゃ。一度回収させてもらうぞ」
「……は?」
「手荒な真似は……確約は出来ぬが、死なせることは無いから安心せい」
「ォ前も聖皇国ン手先かッ!!」
「まぁそう怒るでない。少女を回収せぬと奴が五月蝿くての……」
怒りに任せ飛び掛かるが、まるで意に介さずヒラヒラと舞うように攻撃を躱され続ける。
「あとは……おぉ、そうじゃ。これだけは先に伝えておかなくてはの」
息切れを起こし手が止まったコチラに対し、まったく敵意の感じられない笑みを浮かべ、
「妾もお主の異界渡りに一枚噛んでおる故。端的に言えばお主の味方じゃて」
「味方、だァ……?」
リリアーヌを攫っておいて、騎士団側に付いておいて、まるで意味が解らない。
しかし九尾狐は、コチラの怪訝な視線も気にせずに、
「そろそろ時間じゃ。また近いうちに会えるじゃろう」
ゆっくりと、しかし反応することが出来ない動きで近づき……
「また、の」
振り袖で視界を覆い隠すように包まれ、額へと口付けをされる。
「な、何シて――」
振り払おうとしたときには、既に目の前に九尾狐の姿はなく、
「は、ハルトさん! ご無事でしたか!」
「み遣い様、ご無事で……」
「あ、あんたなんて恰好してるのよ――ッ!」
神樹と、エルフ御一行様の目の前に飛ばされていた。
……素っ裸で。
* * *
「本当に申し訳ありません……」
青年エルフから民族衣装の様な趣のある衣服を貰い、身支度を整えたところで神樹から謝罪を受ける。
「ォ前らの所為じャねェ、俺がもッと強けレば……」
一瞬過ぎて殆ど記憶に残っていないが、あの燃える剣。
あれを振るわれた途端に全身の自由を奪われ、意識も消し飛んだ。
全身の水分が蒸発させられたか、消し炭にされたか、その両方か……。
いずれにせよ、未だに生きているのは水神の力のお陰なのだろう、と思う。
「これから、どうするお積もりで?」
「アイツァ絶対に助ける。一刻も早く。そォいう約束だかンな」
「ですが、居場所が分かりません。私も森林を失い、今は己を保つので精一杯です……」
「本体も焼けちまッて大丈夫なンか」
「新たな依り代を直ぐに得られたので、一応は。ただ、この依り代が魔力を吸収し、蓄え大きく成長するまでは私の加護も極々僅かでしょう」
リリアーヌの所在地を掴む手段が現状では神樹に視てもらうしか無い。
九尾狐の言ったことを信じるなら命を奪われる心配はない。
が、そんな悠長な事も言ってられないだろう。
「それンはどンくらい掛かンだ」
「大きな地脈が近ければ二、三日での急成長が可能ですが、この森林は少し外れた位置にあるので、早くとも数年は……」
「そン地脈ッてンは何だ?」
「地中深くから湧き出る魔力の流れ、通り道というイメージでしょうか。大きな木の様に枝分かれし、折り重なり、地上を豊かにも貧しくもする……天上の御業です」
天上の御業……有り体に表現すれば『神』の事だろうか?
神樹や水神、神と名の付く奴らですら抗えない存在という事は、相当な権力者なのだろう。
「今からでもそン地脈とやらン近くに移動できねェンか」
「残念ながら。先程も伝えた通り、今の私は存在を保つので精一杯なのです。移動の為には現神樹を新たな場所へ植え替えなくてはなりませんが、魔力が保たないのです」
「ここへ来れたンは、あの九尾ンお陰ッてか……。ッーかアイツは何なンだ? 敵か? 味方か?」
「九尾狐も私や水神と同じく、人間の信仰対象であった神です。なので本来であれば現状の聖皇国の長と考えられる、んですけど……」
「言い切れねェ事情があンだな」
「はい……」
歯切れの悪さが気になるが、エルフも俺も助けられたのは事実だ。
多少の信用は置けるだろう。
「結局、今すぐ出来ることァ無ェのか……。近くン街片っ端から攻めるッてもなァ」
「それなのですが、一つだけ手が」
「あンのか」
「承諾を貰えるかは、正直賭けですが」
「まさか、神樹様……」
今まで聞く側に徹していたカレンが、驚愕と嫌悪の入り混じったような面持ちで口を開く。
「ですが、それしか手はありません。多少、遠回りにはなりますが、急がば回れという言葉もあるようですし」
「それ、どこの言葉ですか……」
「ハルトさんの国の言葉ですっ」
使い方あってますよね? と聞きたげな表情でコチラを見てくるが、無視して質問を返す。
「ンで、その手ッてのは何だ?」
「唯一、地脈の流れを操れる種族。ドワーフに助力をお願いすることです」
ドワーフといえば背が低く力自慢、鍛冶が得意という印象があるが、地脈を操るとはどういうことなのだろうか。
「ンで、ォ前は何でそンなに嫌そォな顔してンだ」
嫌そうを通り越してげんなりしてるカレン。
「だって、あいつら好き勝手に地脈弄るから、その度に私たち住処を移さなきゃいけなかったんだもん。本当、自分勝手な奴らよ」
「交渉行くンは俺だろ、名前聞くンも嫌なンか」
「そんなの、私も付いていくからに決まってるでしょ」
「……は?」
なんでコイツが同行することになってるんだ?
地元民が居てくれるってのは展開的に助かる流れではある。
が、カレンと話したのはリリアーヌの風呂の件だけだ。
それも軽く言い合いしていて、同行しようと思われるような印象は与えていないはずだが?
「アンタの事は嫌いよ、ドワーフほどじゃ無いけど。でも、だからと言ってあんなに可愛いリリアーヌちゃんをこのまま放っておける性格じゃ無いの! だから、私も助けに行く」
なるほど、好感度を稼いでいたのはリリアーヌの方だったようだ。
「……わかった。正直、ォ前が付いてくるンは助かる」
「……カレンよ、名前で呼んで」
「はァ、めンどくせェ」
「何よ、もう――」
「で、ドワーフは何処に居ンだ」
カレンの癇癪を無視して神樹へ尋ねる。
ギャーギャー騒いでいるが気にしていては埒が明かないから仕方ない。
「そうですね……場所が変わっていなければ、ここから西へ進んだ所かと」
「わかッた。出発ァ明朝だ。準備してこいよ……カレン」
「――っ! わかったわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます