つまらない話と重い朝食

 三往復ほどで、新居の水瓶は満タンとなり……。

 クロ少年をカシラが作った新居に招いた俺は、話を聞く体勢に入っていた。

 ちなみにだが、居間にヤナは同席していない。

 そう……。


「ふん……ふんふん……」


 彼女は今、鼻歌交じりに俺たちの食べる朝ご飯を作ってくれているのである。

 いやあ、前世じゃ結婚はしてなかったし、ヤナとの関係も正式な夫婦ではないけど、台所から包丁を叩く音が聞こえてきたりすると、新婚生活感を否が応でも感じちまうな。

 こうなってしまうと、粗末なテーブル越しに向き合うクロ少年はとんだ邪魔者なわけで、ヤナが膨れっ面となっていた理由も、より共感できる気がした。


「悪いな。

 おれまで、朝飯作ってもらっちゃって」


「気にするな。

 空きっ腹で飯屋の話をするっていうのも、なんだろう?

 それより、早速、その知り合いに関する話を聞かせてくれないか?」


 俺の言葉に、クロ少年がうなずく。

 そして、彼の抱える事情を語り始めたのであった。




--




 獣人といえば、この世界における被差別種族であり、普通の人間が彼らに行う差別的行動は、多岐に渡る。

 代表的なところでは――無視。

 例えば、獣人の子供が怪我をしてうずくまっていたとしても、通常の人間が声をかけることはない。


 差別とかどうとかいうより、そもそも、関わり合いになることを避けているのだ。

 また、人間の近くを獣人がすれ違ったりした場合、あからさまな舌打ちをされたりすることもあるらしい。


 だが、何事にも表と裏を兼ね備えるのが世の中というものであり、この世界においてもそれは変わらない。

 中には、普通の人間に対するのと変わらぬ接し方をする者もいた。


 例えば、肉の卸売商がそれだ。

 仕入れるべき肉を絞めているのが獣人なのだから、それは対等に接しもする。

 もし、獣人側の機嫌を損ねたら、品質に劣る肉を仕入れさせられることとなるのだから、それはそうだろう。


 他には、王都周辺部の農村で暮らす農民たちも、比較的対応が優しい。

 それは、田畑にとって必要不可欠な肥やしを獣人たちが回収し、運んでくるからで、対価として得られる作物は、獣人にとって貴重な食料なのだという。


 その他、あえて買い手を獣人と定め、商売をする人間もおり……。

 要するに、生業で関わっている人間は、獣人とも普通に接しているのであった。


 それはつまり、金や生活が関わらない限り、普通の人間が獣人と親しくすることはないということ……。

 この俺自身も、獣人に接近した理由の第一は、モツ焼き屋を開くためであるのだから、他人のことをとやかく言えはしない。

 何の打算もなく、いじめられっ子と親しく接することができる人間だらけなら、前世でもあれほどいじめ問題が深刻化したりはしていないのだ。


 と、いうわけでだ。

 クロ少年たち獣人の煙突掃除夫は、煙突掃除という欠かせず危険で大変な重労働へ身をやつしているというのに、依頼主である人間から真っ直ぐな感謝を受けることは、滅多にないのだという。

 むしろ、汚らわしい獣人を家に入れることへ嫌悪感を示す者が多く……。

 掃除が終わったなら、投げ捨てるように報酬を渡され、さっさと出て行くように言われることも珍しくないのだとか。


 ところが、世の中には稀有な人間がいるもので……。

 ある邸宅のご婦人は、クロ少年たちを普通の人間と同じように扱い、ばかりか、煙突掃除が終わったらお茶会を開いてくれたりするらしい。

 そこで振る舞われる砂糖を使ったお菓子は、クロ少年たちにとって、天上の食べ物がごとき美味だという……。


 ……と、いうのが、眠たくなってくるかったるい身の上話兼前置き。

 本題は、ここからだった。




--





「……つまり、だ。

 そのご婦人が、飲食店を開いてみたいと考えている。

 が、商売の経験などないし、何をどうしたらいいかも分からず、途方に暮れていると。

 それを、俺に手助けしてほしいわけだな?」


 一通りの話を聞いた後……。

 俺は、クロ少年の話から要点だけを引き抜き、そう確認した。


「――そうなんだよ!」


 我が意を得たりとばかり――実際、汲み取ってやってはいる――に、クロ少年が勢いづく。


「あの人のお菓子は、そりゃあもう美味しいんだ!

 お茶だって、絶品さ!

 店を開けば、必ず繁盛するよ!」


「ふうん……」


 元気一杯なクロ少年をよそに……。

 俺の方はといえば、かなーり冷めたテンションで答える。


 ――ああ、こりゃあのパターンだな。


 ……と、前世の経験から勘付いていたからであった。


「ちなみに、だが……。

 その人は、お店を作るとして、どんな店にしたいと言っているんだ?」


 何気なく……。

 それでいて、核心を突いた質問である。

 その答えは、こうだ。


「こう、ゆったりとして落ち着けて……。

 そういう場所で、お客さんが笑顔で語り合いながらお茶を楽しむような、そういう店にしたいって言ってたぜ!」


 なーるほど!

 はい、予感は確信に変わりましたー!

 まあ、そうだよな。

 技術レベルや文明レベルは異なれど、人間が営む商売に関する話なのだ。

 そりゃ、前世と同じような流れになることもあるだろう。


「うん、よく分かった。

 今の話を聞いて、俺なりに色々と考えたが……。

 とりあえずは、そのご婦人に会ってみないとな」


「助けになってくれるのか!?」


 前のめりになりながら聞いてくるクロ少年へ、うなずく。


「まあ、俺がどの程度の力になれるかは分からないが……」


「そんなの、やってみなきゃ分からないさ!

 感謝するぜ!

 えっと……」


「ジンドー。

 ジンドー・マグワイヤだ」


 俺の思惑も知らず、これで勝機が生まれたと喜ぶクロ少年……。

 そんな彼へ冷めた視線を向けているところに、ヤナが食器の載ったおぼんを手にしてやってきた。


「難しい話が終わったなら、朝ご飯にしませんか?」


「そうだな。

 頂くよ」


「わりいな! おれまで食わせてもらっちまって!」


 俺とクロ少年がそう答えると、ヤナがにっこりとした笑みを浮かべる。


「頑張って作ったので、いっぱい食べてくださいね。

 ……クロ君は、一杯食べてね」


 うん、これ、俺とクロ少年に対してで「いっぱい」のニュアンスが違うな。

 ヤナが京都人だったなら、この朝食はぶぶ漬けであったに違いない。


「ああ! 遠慮なく食べるぜ!」


「ちっ……」


 そこを感じ取れなかったクロ少年から、ヤナが顔を背けた。

 ……今、絶対「ちっ」って舌打ちしてたよな。

 ヤナ、そういうところもあるんだ……。

 で、そんなヤナが目の前に置いてくれた深い木皿……。


「――っ!?」


 それを見て、俺は戦慄したのである。

 飯マズ、というわけではない。

 むしろ、美味そうな雑炊だ。

 ただし、雑穀を使ったのだろうそれには、具材として大量の腸肉と野菜の切れ端が浮かんでいたが。


 ――重い。

 朝から――重い。


「いっぱい食べてくださいね」


 恐れおののく俺に対し、ヤナがこれまた重い笑みで告げた。


「うおおっ! 美味そう!

 いただきます!」


 正面には、これをものともせず目を輝かせるクロ少年……。

 ならば、俺も覚悟を決めるしかあるまい。


「――頂きます!」


 こうして、俺は朝っぱらから、にわかなフードファイターと化したのであった。

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