少女の心遣い

 ――モツ肉。


 この場合は、レバーや砂肝、ハツなど、様々な部位の総称として用いているが……。

 ともかく、これらを美味しく食するには、下ごしらえが重要となる。

 何しろ、モノが内臓だ。

 独特の臭みがあるので、いかにしてそれを打ち消すのかが大事であった。


 だから、いざ仕入れの段取りが整った際、俺はいかにして処理したものかと、やや緊張しながら試供品の肉を受け取ったのであるが……。

 実際に品を見てみて、拍子抜けしてしまったものだ。

 何故なら、納められた肉は、いずれもしっかりとした下処理が施されていたのである。


 多分、使ったのは酢と水……それに塩だろうな。

 冷蔵庫などないこの世界で、それでも心を砕いて仕事をしてくれたことが、焼いた肉からは伝わってきた。


 被差別民族とされている獣人であるが、肉に関する見識の深さと、仕事の丁寧さは目を見張るものがあり。

 俺は、リナたちと共に実食しながら、そのように認識を改めたものである。

 その下処理へ、目の前の少女が関わっているとは……。


「……感謝しかない。

 君たちが、しっかり処理してくれているおかげで、俺は随分と楽ができている。

 お客さんも、喜んで食べてくれているよ」


「……そうなんですか!?」


 ヤナの表情が、パアッと明るくなった。

 自分の仕事を褒められて嬉しくない人間がいないのは、地球でもこの世界でも同じということだろう。


「実際、大したもんだと思う。

 部位ごとに、適切な処理がされている。

 あれは、なかなか大変だろう?」


「そんな、大変だなんて……。

 自分たちが食べるものですから。

 美味しいものを食べるには、お金をかけるか手間をかけるかしか、ありませんし……」


 まあ、言われりゃその通りか。

 そもそも、うちで仕入れているのは獣人が食べるモツ肉の余りである。

 自分たちが食べるものなのだから、それは丁寧に仕事するだろう。

 だから、彼女が言っているのは当然のことだ。


「それが分かっているなら、大したもんだ」


 ゆえに、俺はそう答えた。


「君の言う通り、金をかけるか、工夫をこらさなければ美味しいものは食べれない」


 思い出されるのは、前世で知り合いのオーナーが経営していたステーキ屋だ。

 元々、その店では低ランクの和牛を使っていたのだが、相次ぐ物価高騰により、とうとうそれでも原価を吸収しきれなくなった。

 ならば、値上げを行うか?

 オーナーが下したのは、別の決断である。

 彼は、より安価な海外産の牛肉を仕入れることにしたのだ。


 最初、その相談をされた時、俺は大反対したものであった。

 今まで使っていた肉の値段が上がったので、原材料の質を落とす……。

 実は、これと同じことをやった結果、潰れてしまった超有名チェーンがあったのである。

 その有名チェーン……名を吉野家という。


 そう、実は吉野家は一回潰れていた。

 俺が生まれるちょい前くらいかな……使っている肉などの質を落とした結果、味が死ぬほど悪くなって客離れを起こし、にっちもさっちもいかなくなって潰れちまったのである。


 もちろん、その後に不死鳥のごとき復活を果たし、さらには、当時の経験を活かした備えによりBSE問題の荒波すら乗りこなしてみせたのだが、それは置いておこう。

 吉野家社長が書いた自伝の内容を引用しながら反対する俺に対し、その友人はこう言ったものだ。


 ――そうは言うけどさ。


 ――お前がさっき、美味い美味いって言いながら食ってたステーキが外国産肉だぞ。


 うそん、そんなグルメ漫画みたいな展開なの!?

 と、驚く俺に向かって、奴は胸を張ってみせた。


 ――徹底した筋切りによって、肉を柔らかくしたのさ。


 で、実際に見せてもらった筋切り作業の、何とまあ執念深いこと。

 お前、その肉に何か恨みでもあるのかというくらい、丹念に肉叩きを振るい、時には包丁を入れていくのである。

 ただ、それだけの手間をかけただけのことがあり、確かに、あのステーキは美味かった。


 ……作業時間をコストとして考えた場合、やっぱり原価が膨れ上がってるんじゃないかとは思ったが、作業する本人が納得しているならいいのだ。

 時間というコストをかけてでも、奴は客に安くて美味い肉を食わせたかったのである。


 今、ヤナが言った言葉は、奴の信念に通じるものがあった。

 ……この小ささで、大したもんだ。


「その工夫を惜しまず、自分たちに許された食べ物を最大限に美味しく頂こうとしてるんだ。

 胸を張っていい」


 ただし、今この状況では張らないでね。


「うぇへへ……」


 よっぽど、褒められたのが嬉しかったんだろうな。

 ヤナが、嬉しそうに笑みを漏らす。

 こうしていると、本当に年相応の少女という感じで……。

 初めて、素の彼女を見れた気がした。

 まあ、素にもほどがある状況なんだけどな!


「わたし、ジンドーさんの……その、愛人になれてよかったです!」


「そうか……。

 俺の方も、あんな美味しい肉に関わってくれる子が支えてくれるなら、頼もしいよ」


「それで、ですね」


 ヤナが、上目遣いにこちらを見る。


「わたし、これからどうすればいいんでしょうか?」


 はい! 話題が戻ってきちゃいました!

 このまま、イイ感じに話題を逸らしたかったんだけどなー。俺自身の気分もそういう方向性にいくよう、無駄に長々と吉野家の解説を挟んだりしちゃったんだけどなー。

 何をどうしようとも、素っ裸の少女と素っ裸の状態で風呂に入っているという状況は変わらなかったかー。

 ああん! 駄目! 血流が下半身の方にきちゃう!


「えーと、どうすればいいというか……」


 なるべくヤナが視界に入らないよう、天井に目をやる。


「そもそも、君はどうして一緒に風呂へ入りに来たんだ?」


 そういえば、謎なのはこのことだった。

 もう遅い時間であるし、まさか、自分からやって来たということはないだろう。

 その上で、この状況の意味を分かっている可能性も、低いと判断することができる。

 分かっているなら、こんな質問をしてくるはずがないからな。

 俺はとっくの昔に非捕食者と化しているはずだ。


「その……お父さんが、とにかくジンドーさんと一緒にお風呂へ入って、そして一緒に寝ろって……」


 意味は分からなくとも、本能的な恥ずかしさはあるということか。

 モジモジとしたヤナが、横の方を向きながら答える。

 なるほど、カシラはそう言って娘を送り出したかー。

 ならば、俺の答えはただ一つだ。


「ようし! それなら、疲れを取るためにじっくり体を温めてから、ぐっすり眠るか!」


「そ、そうですね!

 分かりました!」


 体育座りのまま、グッと拳を握り込んでヤナが答えた。

 こうして……。

 俺は普通にお風呂へ入り、案内されるまま俺とヤナ用の新居へ赴き、ふっつーに二人で寝たのである。




--




「カシラ……その……ジンドーですが……。

 ――特に手は出していないようです」


「――ヘタレがっ!」


 部下からの報告を受けたオレは、そう叫んでグラスを投げ捨てた。




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