いい湯
三日後……。
『モツ焼き屋のジンドー』は、極めて好調な滑り出しのまま、営業を終えていた。
それもこれも、やはりリナとレアの客引きと接客によるところが大きい。
前世でいくと、SNSや広告……大手チェーンの場合だと、TVCMなんかも含まれるか。
とにかく、店の宣伝は大事である。
とはいえ、ここは中世程度の技術力しかない世界。
宣伝方法といっても、手段は大いに限られた。
代表的なところでいくと、やはり看板か。
これは前世でもそうだったが、やはり、何をやっている店なのかバシリと打ち出した看板の店ほど、客入りは多い。
ラーメン屋なのに格好付けて『たなか』とか自分の苗字だけ書いた看板掲げる奴とかいるけど、客からすると「え? 田中? 田中さんがどうしたの?」って感じだからな。
この場合だと、『鶏らあめん たなか』という具合に、ハッキリと特徴を打ち出すのが、重要だ。
こうすれば、客は「ああ、鶏出汁のラーメンが売りの店か」という具合に判断ができるし、「今日はラーメンの気分だ。それも、とんこつとか魚介ではなく、鶏出汁のラーメンを食べたい気分だ」というお客に対して強い吸引力を発揮できるのである。
他にも、看板が他の看板や建物で隠れちまわないかとかも大事だが、うちの店にありもしない看板の話ばっかりしても仕方がないか。
うちの店……『モツ焼き屋のジンドー』が選んだ宣伝方法の話だが、これがリナとレアという美少女二人による客引きであった。
この飲み屋街に訪れるような客は、脂ぎった年代のおっさんが多く……。
すなわち――女に弱い。
実際、前世でいうところのキャバクラやガールズバーに近い形態の店が、いくつも存在するくらいである。
とはいえ、幼馴染み二人に水商売のねーちゃんみたいな格好させるわけにもいかないし、他所の店と同じことやっても差別化ができない。
そもそも、うちは飲食店であって水商売の店ではない。
というわけで、俺は前世のファミレスで使われていたようなかわいらしい制服をレアの実家――衣料品店だ――に発注。
二人には、若々しい可愛さを前面に押し出して客引きしてもらったのであった。
女性といえば、スレた女ばかりの飲み屋街において、これは実に効果的だったようであり……。
リナとレアは、どうも話題の地下アイドルみたいなノリで評判となっているらしい。
……うん、愛想尽かされなくて本当によかった。
というわけで、効果的な宣伝により、飲食店の宝――リピーターも獲得しつつある我が店は、本日も無事に営業終了。
片付けを終えた俺は、リナたちを送り届けていたのである。
「ここまでで、大丈夫だよ」
「いつも、家まで送ってもらっちゃって、ありがとうねー」
貸し本屋と衣料品店……二人の実家を前にしたところで、別れの挨拶を交わす。
「明日と明後日は、お休みだ。
二人共、ゆっくり休んでくれ」
別れる前に、そう言っておくことを忘れない。
この国にも、休養日というものはあり……。
今日はいわば、土曜日に相当する日であった。
日曜にあたる休養日を前日に控えた飲み屋街は、大盛況。
逆に仕事日を翌日に備えた明日と、週の始まりである明後日は、人出がかなり減ることはリサーチ済みであり……。
俺は、その日を定休日として決めていたのである。
と、いうわけで、何の含みもなく、単なる定型の挨拶としてそう言ったのだが……。
不意にレアが振り向くと、むふりとした笑みを浮かべてきた。
そして、こう言ってきたのである。
「ジンドー君はー。
これからー、お楽しみなのかなー?」
「――ぶふっ!?」
いやあ、人間って、何か飲み物を含んでいない状態でも吹き出すものなんですね。
気管支に唾でも入ったのだろうか?
ともかく、むせかえる俺を、金髪娘が意地悪そうに見つめた。
「そうなの?」
同時にリナも、ポニーテールにした栗色の髪を払いながら、どこか硬質な声で聞いてくる。
「――げほっ!? げほっ!?
いや、まあ、お楽しみというか……」
しばらく咳き込んでいた俺は、ようやく立ち直ると、これからの予定を頭に浮かべた。
「まあ、カシラのとこには行ってくるよ。
昼間、使いの人とも話はついているし。
みかじめも納めたい」
ちなみに、使いの人とは物乞いのおじさんである。
カシラは、そういう人たちを手下として操り、城壁の外から内部へ影響力を発揮しているのだ。
「ふーん。
そうなんだー?」
何だか、すごく楽しそうなレアであった。
「まあ、いいけど。
いつか、あたしたちにも紹介してよね」
そっぽを向き、ポニーテールの先端をいじりながらリナが言う。
「そうだな……。
いつかは、と思うけど、そもそも、今は俺が相手のことをよく知らん」
知ってるのは、外見的な特徴くらいだな。
「まあ、そんなわけで、ちょっと会ってくるよ」
「で、お楽しみしちゃうんだ?」
「ちょっと! レア姉!」
また意地悪そう言われてドギマギする俺と、そんな姉貴分をたしなめるリナだ。
まあ、こんくらいの年頃だと、そういうの気になるよな。
しかし、相手の娘――ヤナは子供だ。
どう転んでも、それはないよ。
--
どんな形であれ、浴槽に湯を張ってしまえば、それで風呂は出来上がるものであり……。
裸となって湯船に浸かれば、こんなバラックのごとき小屋でも、たちまち天国へと生まれ変わった。
「ふぅー……染みる」
風呂っていうのはいい。
リリンの生み出した文化の極みだぜ。
と、いうのは、前世で小学生くらいの時に流行ったアニメの台詞だったか。
……まさか、シンに完結するまで20年以上もかかるとは、夢にも思わなかったな。アレ。
さて、どうして俺が、獣人たちの暮らす貧民街で風呂に浸かっているのか。
答えは単純。カシラに勧められたからである。
――どうやら、弱気だった割に商売は大盛況だったようじゃねえか。
――こっちにまで、炭の匂いが漂ってくるぜ。
――とりあえず、風呂にでも入ってきな。
みかじめを納めたところで、彼は手下に命じ、俺を外の風呂へと案内させたのであった。
ちなみにだが、色んな意味で公認愛人であるヤナはそこにいなかったが……。
まあ、まだ子供なので、もう寝ちゃってるのだろう。
「溶けちまいそうだな……」
ボロ材で囲まれた小屋は、しかし、覗けるような穴もなく、しっかりとプライバシーが確保されている。
浴槽も、やはり廃材などを利用したもののようだが、人二人分は入れるくらいの広さが確保されていて、ゆったりと足を伸ばすことができた。
何というか、こうリラックスしてると、歌でも歌いたくなっちまうな。
こう、ババンがバンしそうな感じのアレを。
……ようし、歌っちまうか。
小屋の戸が開けられたのは、丁度、俺が久しぶりに地球の言語を使おうとしていたその時である。
「し、失礼します!」
意を決しながら、そう言った人物……。
それは、裸体を一枚のタオルで隠したヤナであった。
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