気の重い告白
うちの調理場は、野外キャンプのごとく石を積み上げて竈とし、そこで炭火を起こして焼き網を乗せ完成となる。
後は、洗い物用の水桶と、おしぼり用の湯を張った桶……。
そして、お冷用の水とコップを用意して終わりだな。
貧弱なことこの上ないが、レイアウトに関しては、俺一人でも調理と洗い物の両立がしやすいよう工夫していた。
具体的にいうと、座ってモツ肉を焼いたまま、傍らで洗い物をできるようにしてある。
調理場のレイアウトというものは、大切だ。
前世の例でいくと、厨房内の動線とオペレーションを効率的に改善した結果、調理時間が三分の一以下にまで短縮し、ランチタイムの回転率が大幅に増強。
結果、売り上げが倍以上に増えたという事例もあった。
飲食店というのは、限られたスペースで客を回していく商売なので、調理と配膳の効率化は最重要課題の一つなのである。
もっとも、うちの場合は夜間に酒を出す店なので、目標回転率は一回転……。
つまり、全席が一度埋まっちまえば達成ということにして、仕入れも調整していた。
酒を飲みながらの飲食だと、長居する上、時間が経つに連れて注文も減っていくからな。
それにしても、だ……。
「落ち着く……」
炭火というものは、不思議と心を落ち着けてくれる力がある。
まして、このようにキャンプじみたロケーションだとなおさらだ。
何しろ、俺はこの後に決戦を控えてる身。
それに備えて、心を落ち着かせておかなければ――。
「ご新規様、二名入りましたー!」
「はいよ!」
リナの言葉ですぐに思考を切り替え、お冷とおしぼりの用意を開始した。
そこからは……戦場だ。
おそらく、飲み屋街に出来上がっている酔客同士のコミュニティで、うちの店が話題に上がったのだろう。
まだ開店して間もないのに、今日は次々とお客が舞い込んでくる。
それは、オーダーが次々と舞い込んでくるということ。
俺は、フル回転でモツを焼き続けた。
ところでだが、このモツ焼き屋という業態……。
通常ならば、俺は選ばない。
飲食店を開くにあたって、鉄則といえるのが、開業する立地に適した業態選択である。
例えば、学生街に高価格帯のレストランを出す。
例えば、夜間に外出する人間がほとんどいない住宅街で、深夜営業のバーを開く。
このようにミスマッチな出店を行い、閑古鳥という事例は前世で後を絶たなかった。
翻って考えると、このモツ焼き屋という業態は博打もいいところである。
炭火焼きで提供する、というのは、まあいい。
同じ調理法で肉を焼き、提供するという店は、この飲み屋街にごまんとあるからだ。
ただ、焼くのが内臓肉となると、受け入れられるかは大いに疑問が残った。
何しろ、これは被差別種族である獣人が食べるものとされているからな。
そこを押してまでモツ焼き屋にした理由は、いくつかあるが……。
まず大きいのは、値段と内容で他店と差別化が出来るということだ。
炭火焼きの店が多いといったが、それはつまり、同業態の激戦区であることを意味する。
言ってしまえば、ラーメン激戦区でラーメン屋を開くようなもので、その店独自の強みが求められた。
そこへいくと、まず、うちの店は――安い。
昨日は開店初日の割り引きを行ったのでさておくが、想定していた通常価格にしても、他店よりぐっと値段を抑えられている。
前世において、ホルモンの語源は、捨てるもの――放るもんだったか。
俺が仕入れているのも、まさに廃棄するしか道がない余り物なわけで、仕入れ値は捨て値もいいところだった。
加えて、モツ肉という唯一無二の独自性。
そもそも、王都リンドの人々は、幼い頃から肉食に慣れ親しんできた生粋の肉食民族だ。
ならば、文化的な抵抗があっただけで、内臓食への下地はできているはず……。
これが宗教とかで禁じられているとかだと厄介だったが、ただなんとなく食べていないだけの現状なら、十分に芽があると踏んだのである。
他には、通常なら客が寄り付かないだろう店へ、可愛く着飾った女の子の丁寧な接客で、どれだけ人が呼び込めるかという実験も兼ねたりしていたが……。
まあ、要するにあれだ。
どれだけ徹底的なリサーチを重ね、入念な事業計画を作成しようとも、飲食店出店にはギャンブル要素が尽きないものであり……。
ここでモツ焼き屋を開くというのは、俺にとって許容範囲のギャンブルであったということだ。
「ビールおかわり二杯と、鶏レバーと砂肝、入りましたー!」
「――はいよ!」
などと考えている間に、レアから新たなオーダーだ。
早速にもモツを焼き始め、ついでにあらかじめ作っておいた売り上げ表――POSレジの代わりだ――に線を入れる俺を見ながら、彼女が小首をかしげた。
「ジンドー君、何か悩んでるー?」
いつもの口調に戻りつつも、酒樽からジョッキへビールを注ぎ込む動きは颯爽としていて、スイッチオン状態であることが伺い知れる。
「鋭いな。
まあ、店仕舞いしたら話すよ」
「ふうん……。
まあ、素直に話すならよしとしとくねー」
そう言いながら、彼女が接客へと戻っていく。
うーん、気が重い。
さりとて、先延ばしにはできんのよなあ。
--
飲食店経営において、欠かせない要素にスタッフのメンタルケアが挙げられる。
特に、女性スタッフに関してはこれが重要だ。
より正確に言うと、恋愛面でのケアが重要である。
飲食に限らず、経営者によっては社内での恋愛を禁じることも多いが、これはその点に起因していた。
あーあ、嫌な記憶が思い起こされる。
店長とバイトの女の子が恋愛関係に発展してー、でもって破局してー、店内の空気が最悪になったあの思い出だ。
そうなると、もう仕事どころではなく……。
面談の末、本人同意のもとに店長を別の店へ異動するという措置が必要になった。
飲食店というのは、一人のスタッフに引っ張られ、他のスタッフがやる気を出すという好循環に陥ることもあるが……。
その逆もまた然りで、一人のスタッフから悪影響が出て店の雰囲気が悪くなり、客足へ影響を及ぼすことも多いのである。
チームプレイが重要な商売だからな。
そして、一通りの閉店作業が終わった後……。
上着を羽織った俺は、同じく上着を羽織ったリナとレアに向けて、恐る恐る……そのチームプレイが破綻しかねない事実を告げることにしたのであった。
「実は、昨日の夜、獣人のカシラに会ってきたんだけど……」
「うん? 知ってるわよ?」
「あはー。
こんなに口ごもるジンドー君っていうのも、珍しいよねー」
リナはきょとんとしながら……。
レアはおかしそうに、俺のことを見つめる。
「カシラに何か言われたの?」
「もっとみかじめを寄越せとかー?」
「いや、そういうのはない。
みかじめに関しては、何度も話し合って了承してもらっている」
正直、利益の一割というのは痛いが、売れても売れなくても利益の一割というのは、利点がある。
いざ商売が上手くいかなかった時、ランニングコストを抑えられるからな。
――じゃない。
現実逃避して経営のことを考えるな、俺よ。
「えーとね。
カシラにね……」
「ふんふん」
「なんて言われたのー?」
勇気と共に、続く言葉を口にした。
「娘を、愛人にしろと言われました」
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