愛人

 『モツ焼き屋のジンドー』。

 この店は、言ってしまえば秀吉の一夜城みたいな造りをしていて、撤去も組み立ても簡単にできる。

 営業終了後、俺たちは店の壁や柱をバラすと、裏通りの入り口付近へ机などと共に積み立て、布を被せていた。


 カシラから出店を許可されているのは、夕方から夜にかけての間だけだからな。

 片付けはしっかりして、ここを縄張りとしている連中に目を付けられないようにしないと。


 ちなみにだが、余ったビールの入った樽――うちでは20リットルくらいのサイズを扱っている――は、空樽や残りの炭と共に、お隣の店で預かってもらっており……。

 モツ肉に関しては、冷蔵など望むべくもないので、潔く破棄していた。

 ここを縄張りとしている貧民の皆さんが、きっと美味しく頂いてくれることだろう。

 カシラに払う分とはまた別の利用料だ。


「ジンドー!

 大成功だったね!」


 ひとしきり、片付けを終えた後……。

 今生における幼馴染みであるリナが、いつも以上に元気な笑顔でそう告げてきた。


「本当にー。

 裏通りの出入り口へ店を出すって聞いた時は、どうなることかと思ったけどー」


 接客時のハキハキした様子は、何だったのか……。

 俺たちより一歳年上のレアが、のんびりとした口調でウェーブがかった金髪をかきあげる。

 こいつは、オンとオフとで態度を使い分けられるタイプなのだ。


「言っただろ?

 お前たちの可愛さがあれば、必ず成功するって」


「ちょっ……」


「あらー」


 俺が臆面もなく言い放つと、リナは頬を押さえ、レアは面白そうに笑みを浮かべた。


「そ、そんなハッキリ言われると、照れるじゃない」


「ねー。

 ジンドー君はー、そういう時、率直だよねー」


「ただの事実だからな。

 お前たちの客引きと接客がなければ、こうはいかなかった」


 どうもこうもなく、これはただの事実だ。

 確か……そう、あれだ。

 シャーロック・ホームズの台詞に、いいのがあったな。

 ここはひとつ、引用するとしよう。


「謙遜は美徳じゃない」


「どういうこと?」


 俺の言葉に、リナが首をかしげる。


「何事も、あまり謙虚に振る舞いすぎると、自分の本当の価値を見失うということだ。

 だから、自信を持て。

 リナもレアも、とりあえず俺が知る限りでは、とびっきりの美少女だ」


「ううう……」


「あらあらあらー」


 リナがますます顔を赤らめさせ……。

 レアは、おかしそうに笑いながら、口元へ手を当てた。


 ふ……可愛い奴らだ。

 正直な話、前世から加味しての精神的な年齢を考えると、自分がロリコンになってしまったのではないかと、心配にもなるが……。

 まあ、精神年齢なんてものは単純に加算できるものではなく、肉体の年齢にも引っ張られていると考えるべきだろう。

 大体、地球でもこの世界でも、いい年こいてガキみたいな大人なんざ、掃いて捨てるほどいるしな。


「そんな可愛いお前たちに、本日の給金だ」


 そう言いながら、俺は売り上げが入った革袋を取り出し、数枚の銀貨と銅貨を手渡そうとする。


「こんなにー?

 話に聞いてたより、多いよー?」


「そうよ。

 約束していた分で、十分だけど?」


「いいから取っとけ。

 目標金額を上回れたから、その分を割り増しにしてある。

 ま、ご祝儀だな。

 これからも、よろしく頼む。

 うちの店は、二人だけが頼みだ」


 そう言って手を取り、半ば強引に金を握らせた。


「もう……。

 なんか、今日はとことんおだて上げてくるわね」


「えー?

 でも、ジンドー君は、大体いつもこんなだよー?」


 リナは、どこか呆れたように腰へ手を当て……。

 レアの方は、やはり笑いながらも、素早く給金をしまう。


「俺は、いつだって事実しか告げないさ。

 さて、それじゃあ帰ろう」


 そう言って、開店前に隠しておいた上着を取り出し、羽織った。

 ロッカールームなんて気の利いたものはないので、着替えはこれでおしまいだ。


「あたしたちを送った後は、例の……?」


「ああ、カシラに会ってくる。

 その約束だからな」


 同じように上着を羽織ったリナに、軽く答える。


「律儀だよねー。こんな夜遅くなのにー」


「向こうの道理を捻じ曲げて、仕入れさせてもらってるんだ。

 このくらいの要求は、飲んどかないとな」


 ――夜遅く。


 その言葉へ、苦笑いを浮かべそうになりながら、うなずく。

 どうやら、この世界もおおよそ24時間で一日は回るようであり……。

 現在の時間は、地球のそれで表すと20時といったところだ。

 地球において、夜営業を行う飲食店であったなら……。

 まだまだ、余裕のかきいれ時と言ってよい時間なのである。


 まあ、お日様が昇れば一日が始まり、沈めば終わるという中世サイクルなエルランド王国だ。

 そりゃ、レアたちからすれば遅い時間だわな。

 かく言う俺自身も、眠いか眠くないかでいったら、バチクソに眠いし。


 だが、どんなに眠くても、やらなきゃいけない事がある。

 怒らすと怖い人の所へ、ご機嫌伺いに行かなきゃな。




--




 この世界に生まれて以来、王都リンドを出たことのない俺であるが、情報収集と勉強は欠かしていない。

 情報こそが、最大の武器。

 ……と、いうのは前世でよくよく思い知っており、インターネットどころか電話も電報もないこの世界においても、それは同様であると判断したからだ。

 いや、むしろそういった代物がないからこそ、情報はより強力な武器となり得る。

 人の口に戸が立てられないとはいっても、地球に比べて、有益な情報を独占することが遥かに容易ということなのだから……。


 で、その情報収集と勉強の結果で得た知識によると、獣人たちの暮らす区画というのは、どこの都市において城壁の外側にあるものらしい。

 何ともはや。差別意識というものの醜さは、どこの世界でも変わらない。

 物理的にも視覚的にも、その他諸々なあれこれにおいても、人間と獣人との間には絶対的な差があるのだと、そう知らしめたいのだ。


「よう、来たぜ」


「お前か。

 ――通りな」


 リンドの外縁部……。

 ちょうど、城壁をそのまま壁としているかのように佇むボロ小屋をノックし、中へと招かれた。


 一見すれば、貧民が暮らすボロ小屋にしか見えないし、実際に貧民のおじさんが暮らしているわけだが、真の役割は他にある。

 城壁の外と中とを繋ぐ秘密の抜け道だ。


 おじさんがサッとボロ布のカーテンをめくれば、そこには人一人は通り抜けられるだろう城壁の穴が!

 ……当然、こんなものは違法も違法だ。

 しかも、官憲の一部には普通にバレていた。

 つまり、この抜け道を管理する人物は、官憲に顔が利く実力者ということである。


「ようよう、景気はどうだった?」


「分かってるくせに」


 向こう側で待っていた犬耳のおじさんと軽口を交わし、彼に続いて城壁の外側に建てられたボロ小屋を出た。

 そのまま、歩くことしばらく……。

 連れて来られたのは、ボロ小屋が佇むスラムのごとき場所にあって、他の小屋が五つか六つは入りそうな大きさの――ボロ屋敷だ。


「お、来やがったぜ」


「この顔を見ると、どうやら首尾は上々らしい」


 内部は、さながらヤクザの組長邸宅。

 様々な獣の耳を備えたいかついおじさんたちが、俺を出迎える。

 ところで、前世のネット小説で異世界転生といえば、ファンタジーがお約束であったが……。

 生憎、この世界には魔法もなければモンスターもいない。

 そんな中、彼ら獣人だけが、俺の知るファンタジー要素であった。


「入りな」


 廃材などを駆使したなりに、豪華さを演出している建物内を歩き……。

 応接間の役割を果たしている部屋から、目的の人物に呼びかけられる。


「失礼します」


 ボロい扉を抜けた先にあったのは、ここだけは――別の空間。

 今生における生家こと、マグワイヤ家は下っ端の法服貴族であるわけだが……。

 仮に兄でなく、俺が家督を継いでいたとしても、生涯こんな調度品を揃えることはできないだろう。

 壁には、虎の剥製が貼り付けられ……。

 他にも、見るからに凶悪そうな曲線を描いた刀剣類が、壁を埋め尽くすほどに立てかけられていた。

 ソファもテーブルも、一級品。

 被差別種族が住まう屋敷の一室とは、到底思えない空間であるのだ。


「まあ、座りな」


 入り口からテーブルを挟んだソファに座った男が、足を組みながら鷹揚に告げる。

 獅子を思わせる獣耳を備えたこの人物こそ――カシラ。

 王都リンドの獣人たちを束ねるドンであった。

 で、壁際に何人か立っているのが、その側近を務める皆さん。

 カシラの隣へ、ちょこんと座らされている少女は……誰だろう?

 まあ、位置的に考えてカシラの娘か誰かだろうな。うん。


「では、遠慮なく」


 あまりジロジロと観察していても仕方がないので、カシラの対面にあるソファへ座る。


「お納め下さい」


 それから、懐の革袋と、一枚の紙をテーブルに置いた。


「今日の仕入れ代にみかじめ……紙には売り上げを書いてあります

 取り決め通り、みかじめは利益の一割を包みました」


「おい」


 カシラに言われ、手下の一人が革袋の中身を確かめる。

 それから、ざっと紙に書かれた数字を見て……。

 納得したらしく、カシラにうなずいてみせた。


「手間をかけさせたな。

 本当なら、週に一度か月に一度で十分なんだが……。

 やはり、初日だけはどうにも気になってな」


 手下から紙を受け取り、ちらりと数字――多分売り上げのとこ――を見たカシラが、ニヤリと笑いながら告げる。


「この分でいきゃあ、商売繁盛しそうじゃねえか?」


「どうでしょうね?

 開店景気というものがありますから。

 ここが絶頂で、後は下がっていくだけという展開も、十分に考えられる。

 何しろ、うちがやっているのは新しい形態なのだから」


 堂々と言い放つ俺に、カシラが軽く眉をひそめた。


「おいおい、自信なさげなことを言うなあ?」


「客観的な分析ですよ。

 開店景気にあぐらをかき、客層と出すべき料理の食い違いに気づかないまま営業を続けた結果、客足が遠のいて閉店へ追い込まれる。

 そんな例は、腐るほどある」


 自信満々に語る俺だ。

 本っ当に多いからな。その閉店事例。

 前世で散々そういう店を見てきた俺が言うのだ。重みが違う。


「お、おう……。

 なんか、妙なスゴ味があるな」


 そんな俺の態度に、カシラはちょっと気圧されたようだが……。

 すぐに気を取り直して、ごほんと咳払いをする。


「謙虚に振る舞ってるところ、申し訳ねえんだがな。

 オレとしては、この結果を大いに気に入っている。

 そこでだ」


 そこで、彼がちらりと傍らの少女を見た。

 それで、俺もあらためて彼女を観察する。


 年の頃は、十かそこらといったところか。

 銀髪は短めに整えられており、頭頂部からはやはり銀色の……キツネに似た耳を備えている。

 顔立ちは非常に整っていて、抜群の美少女といった表現が相応しいだろう。

 着せられている服も――獣人という身分なりに――小綺麗なワンピースだった。


 そんな少女が、カチコチに体を固めた状態でうつむき、ただ、頭頂部のキツネ耳だけをせわしなく動かしている……。


「こいつは、オレの子の一人でな。

 ほら、名乗りな?」


「や、ヤナ、でしゅ……」


 噛んだ。

 可愛い。


「どうだ?

 このヤナを、嫁として貰わねえか?」


 多分、この状況を予測してはいたのだろうが……。

 壁際に並ぶ幹部の皆さんが、この言葉へざわつく。


「お断りします」


 そして、俺の言葉でさらにざわつきが大きくなった。


「手前!」


「カシラの申し出を!」


「――お前らは黙ってろ」


 カシラが含ませたのは、かすかな怒気。

 それだけで、おっかない獣人の皆さんが黙りこくる。


「なあ、おい。ジンドー君よ?

 理由があってのことだろうな?」


「俺は、王都の飲食業界で頂点に立つことを目指しています。

 そこには、当然ながら社会的地位も付随する。

 それにあたって、獣人を嫁にしているというのは風聞がよくない。

 その子がどうとかいう話ではなく、単純に置かれた状況を考えての話です」


 臆することなくスラスラと話すと、カシラが難しい顔をしながら腕組みした。


「言いやがる。

 ……確かに、オレとしてもお前にゃ上へ行ってもらわねえと困る。

 そのために、裏路地への入り口とはいえ出店も許可しているし、モツ肉の仕入れもさせてやってるんだからな」


 そう……。

 俺が店を開いているあの場所は、カシラの息がかかった縄張りであり、使っているモツ肉もまた、彼のおかげで融通してもらえている。

 まあ、その代わりとしてみかじめも納めているわけだし、立場はあくまでフィフティフィフティだけどな。


「だがよ。

 そこまでしてやっているからには、繋がりってもんが必要だ。

 ちょっとやそっとじゃ切れない、強固な繋がりがな。

 だから、そうだな……。

 ――愛人だ。

 嫁に迎えろとは言わねえ。

 だが、ヤナを愛人にはしてもらうぞ。

 それが、オレのできる譲歩だ」


 凄むように……。

 あるいは、試すように、カシラが俺をねめつけた。

 それに対する俺の返答は、一つだ。


「ならば、お受けしましょう。

 彼女を幸福にするため、最大の努力をすると約束します」


「え……?

 ええ……?」


 驚いてみせたのは、ヤナ本人である。

 なんだ? 俺が断ると思ったか?

 あの店が成功するにせよ失敗するにせよ、カシラとの繋がりは失えない。

 だから、俺に選択肢などないのだ。

 それに、ブサイクを押し付けられたならともかく、この子はかわいいしな。

 十年後が楽しみであった。


「――ようし!

 そうと決まったら、お前やヤナが暮らす家とかも用意しねえとな。

 さすがに、毎晩通えとはいわねえが、それなりの頻度で泊まってもらうぞ?」


「それはもちろんですが、金はまだないですよ?」


「父親だぞ?

 そのくらい、オレの方で用意してやる」


 こうして、話はトントン拍子に進み……。


「ようし!

 野郎ども! 酒を持ってこい!」


 俺は体感で二時間くらい、彼らの酒宴へ付き合うこととなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る