飲食チェーン社長が転生したので、この世界でも飲食業界で成り上がります。

英 慈尊

『モツ焼き屋のジンドー』

 エルランド王国といえば、言わずと知れた農業と牧畜の国であり……。

 王都リンドの飲み屋街で定番の食べ物といえば、これは、牛、豚、鶏などといった家畜の肉を使った串焼きである。


 飲み屋街の各所では、店内に収まりきらなかった客たちが、空樽に肘をついてジョッキを傾けており……。

 テーブル代わりとしている樽の上に乗せられているのは、大抵の場合、串焼き肉が載せられた皿なのであった。


 串焼きの材料としている肉の種類は、店によって様々であるが……。

 安い店ならば鶏の胸肉やもも肉などを使っており、高い店ならば、牛肉の上質な部位を使用しているのが見て取れる。

 豚は、その間といったところで、個人的な味の好みも関係するが、おおむね、上流層から下級層までが、懐具合に合った肉を扱う店へばらけていた。


 そんな光景の中で、明らかに異彩を放っているのが、裏通りへ続く入り口の一つへ作られたその店である。

 作られた……そう、作られたという表現が正しい。

 店を構成する柱や壁の材料となっているのは、どこからか拾ってきた廃材であり……。

 屋根などは存在しないため、雨が降ったら、潔く店を閉める他にないと思えた。

 また、もし大工などがこの店を見たら……。

 壁も柱も即座にバラして撤去することが可能な、テントのごとき作りをしていることへ気付くだろう。


 料理屋というよりは、スラムに存在する掘っ建て小屋といった方が近しい店……。

 そこで扱われている肉は……。


「いらっしゃいませー!

 本日より開店いたしました! 『モツ焼き屋のジンドー』です!

 開店初日の今日は、何と全品半額!

 どうぞ、旦那様方! お立ち寄り下さい!」


 ……これは、店の前で客引きをする娘たちが、告げてくれていた。

 それにしても、驚くべきなのは、少女らが着ている衣服の可憐さであろう。


 ブロード織りされた純白のシャツに、後ろ腰の大きなリボンが特徴的なサロンの役割も果たす青いミニスカート……。

 見た目にもさわやかな格好であり、年頃の少女たちが持つやわらかな愛らしさが、存分に引き出されている。

 だがやはり、その可憐さは素材である少女たちがあってのことで、彼女らの健康的な可愛らしさが、衣装の魅力と相乗効果を発揮していた。


「さあ、どうぞお立ち寄り下さい!」


「決して損はさせませんよ!」


 そんな少女たちが、花の咲いたような笑顔で客引きしてきては、抗える男などそうはいない。


「じゃ、じゃあ……」


「そうだな。

 ちょっと不安になる佇まいだが……。

 最悪、別の店で飲み直してもいいんだしな」


 中堅どころの商人とおぼしき男の二人組が、まんまと誘い込まれ、店内へ足を踏み入れることになった。

 そうして入った店の中は――狭い。

 何もかもがボロボロの、廃材をつぎはぎして作り上げた店内には、これも粗末な机と椅子が設置されており……。

 おそらく、七~八人も入ってしまえば、それで満席になると思える。


「いらっしゃいませ!

 お二方が、当店初のお客様になります!

 さあ、どうぞこちらへおかけ下さい!」


 そんな店内で二人を待ち構えていたのは、一人の少年であった。

 それにしても、だ。

 この少年もまた、客引きしていた少女たちに負けず劣らず、しっかりとした衣服に身を包んでいる。

 純白の調理着は、一部の隙もなくびしりと着こなされており……。

 何かの道を極めた達人にしかかもし出せない、風格というものが漂っていた。

 驚くべきは、そのような空気をまとっているのが、まだ十五か六くらいの少年であることだろう。


 褪せた色の金髪は、油で後ろに撫でつけられており……。

 背は高く、細身だ。

 顔立ちは整っているものの、切れ長の目が狼めいた鋭さで、もし、何の表情も浮かべていない状態で見られたら、恐ろしさを感じたかもしれない。

 だが、今の彼はいかにも人好きしそうな笑みを浮かべていて、狼というよりは、愛玩犬といった表現がピッタリだった。


「ささ、まずはこちらを……」


「お、すまんな」


「いきなり水を出してくるなんて、気が利いてるじゃないか?

 だが、この水はいくらだ?

 それと、一緒に出してきた湯で絞ったこの手ぬぐいは?」


 男たちが、少年にややいぶかしげな目を向ける。

 彼が素早く提供してきたのは、金属製のコップに注がれた冷たい井戸水と、茹で絞られた手ぬぐいだったのだ。

 彼らの生業は、商人。

 頼んでもいないものを出されて、後から過度な請求をされてはかなわないと警戒するのも、当然であった。

 だが、少年の言葉は、そんあ男たちをひどく驚かせるものだったのである。


「当然、無料です」


「え?」


「は?」


 あっけに取られる男たちへ、少年がニコニコと笑いながら続けた。


「言ってしまえば、おもてなしの気持ちですよ。

 もちろん、お客様方が特別ということではなく、後から来店される方にも同じサービスをさせて頂きます。

 それでは、こちらがお品書きです」


 言いながら、少年が差し出してきたのは、やはり何かの廃材を利用したと思わしき品書きだ。

 ただ、この板切れは綺麗に磨き抜かれているし……。

 表面に踊っている文字も達筆で、なかなかに見栄えがよろしい。


「驚いたな。

 まさか、金も取らずにこんなサービスをするとは……」


「品書きも、なかなか個性的だぞ?

 とはいえ、モツを扱う店なんか他にないんだから、当然だがな」


「ああ。

 ありゃ、獣人の食べ物だからな」


 男たちが語り合うように……。

 ここエルランド王国において、内臓肉というのは、獣人の食する肉とされていた。


 ――獣人。


 頭頂部に獣のごとき耳を備えた人種である。

 各々の獣耳は、犬のようであったり、猫のようであったりと、様々であるが……。

 それを得た代わりに、人間としての耳を失っているのが彼ら獣人であった。


 その社会的地位は――低い。

 と、いうよりも、おおよその国において、最も低い身分とされているのが獣人である。


 人の耳を失い、獣のそれを得て生まれてきたのは、神の祝福を受けられなかったから……。

 そのような解釈に従い、最下層の民として生きることを余儀なくされるのだ。


 当然、生きるために与えられる仕事も、人間が忌み嫌うような代物であり……。

 家畜の屠殺というのは、その代表例であった。


「奴ら獣人に任された最大の大役が、屠殺だが……。

 潰した家畜の肉を食うことは、断じて禁じられてるからな」


「まあ、隠れて食ったりしてる奴はいるんだろうが。

 もしそれがバレたりしたら、死罪確定。

 そんな奴らに許されているのが、内臓肉ってわけだ」


「ああ、内臓の肉なら、好きなだけ食っていいぞってな。

 ……となると、この店っつーかボロ小屋は、わざわざ獣人ごときに金払って、内臓肉を仕入れたってわけか。

 ハート、砂肝、ハチノス、ハラミ、大腸、小腸……。

 腸はともかく、他の部位はどこの何だかよく分からんな」


「しかし……安いぞ。

 まあ、獣人に捨ててやっているような部位なんだから、当然といえば当然だが」


 品書きを見た男たちが、そのような会話を交わす。

 そこに書かれていた値段……。

 これは、他の店で扱われている肉に比べれば、破格といってよい安さだ。

 だが、獣人という家畜と人の狭間にいる者たちが食べているものだと思えば、これは納得。

 男たちは、うなずき合った。


「じゃあ、問題はどれを頼むかだな。

 何しろ、獣人が食べているような代物だ。

 娘っ子の可愛さに惹かれて入っちまったが、さて、どれを頼むべきか……」


「ああ、冷静に考えると、いくら値段が安いとはいえ、ちょっと怖くなってきたな」


 話を聞いていたかのように……。

 と、いうよりは、聞いていたのだろう。

 外で呼び込みをしていた娘の一人が声をかけてきたのは、男たちがそんな会話をしていた時のことである。


「でしたら、オススメはこちらの鶏レバーです。

 あたしもひとしきり食べましたが、この濃密な味は、癖になりますよ」


「ほう……」


「お嬢さんが……」


 言われて、あらためて少女を眺めた。

 呼び込みをされた時にも思ったが、やはり、健康的でしなやかな可憐さを秘めた少女だ。

 栗色の髪は、後ろから馬の尾のように垂らされており……。

 やや勝ち気さを感じる顔の造作ながら、それがかえって、魅力として感じられる。

 このような少女が食べ、その上でオススメというならば、まあ大丈夫だろうという気になり……。


「では、これを二人前。

 それと、ビールだ。

 で、いいよな?」


「ああ」


 男たちは、ついに注文を決めたのであった。


「はーい!

 えっと……。

 オーダー入ります!

 ビールが二に、鶏レバー二!」


「はいよ!」


 いつの間にか、店の奥……というよりは、ボロ小屋の裏側に存在する裏通りへ姿を消していた少年の声が、向こうから響いてくる。

 それから、待つことしばし……。

 何とも言えぬ香ばしい匂いが、そちら側から漂ってきたのだ。


「おお」


「これは、強烈だな。

 匂いだけでも、なかなか癖があると分かるぞ」


 それを嗅いだ男たちが、そのような会話を交わす。

 おそらく、火を入れるのに使っているのは、炭火なのだろう。

 特有のかぐわしき煙に混ざっているのは、焼けた肉の匂いだが……。

 これが、普通の肉とは全く異なる。


 強烈にして鮮烈な、血の焼ける匂い……。

 それが、炭の匂いと混ざり合って漂うのだ。

 だが、これは……。


「癖があるけど、悪くはないな」


「ああ、確かに……」


 確かに、強烈ではあった。

 しかし、これは匂いであれど、臭いではない。

 男たちの嗅覚は、これを臭みとして処理していないのである。


「ひょっとして、案外、悪くなかったりして」


「そうだな。

 炭焼きっていうのは、まず煙を食わせるもんだが……。

 この煙は、悪くない」


 そんなことを言いながら、待っていると……。


「はい! 上がったよ!」


 よく通る少年の声が、またも響き渡った。


「はいはーい!」


 呼ばれて向かうのは、やはり、先程の娘だ。

 外からの声を聞く限り、彼女とその仲間は呼びかけを続けているようだが……。

 まだ時間が早いからか、あるいは、自分たちと違って店の佇まいに恐れをなしたか、後続の客はいないようである。

 さて、この調子でやっていけるのかと思っていた男たちの前に、金属製の皿と二人分のジョッキが置かれた。


「お待たせしました!

 鶏レバー二人前と、ビール二つです!

 追加のご注文も、お気軽にお申し付け下さい!」


 それにしても、元気なだけでなく、丁寧な言葉遣いとお辞儀をする娘である。

 この飲み屋街で働く女というのは、どれもいやに馴れ馴れしく、スレたやつばかりであり……。

 自分の娘みたいな年の少女からこのように接されるのは、ひどく新鮮で……やや鼻の下が伸びてしまう体験だった。


「とと、食うか」


「ああ、そうだな……。

 その前に、乾杯!」


「乾杯!」


 男二人、ビールの入ったジョッキが目の前にきたら、やるべきことは一つ。

 金属製のジョッキを、やや乱暴にぶつけ合う。

 それから、やはり金属の皿へ載せられた肉を眺める。


「これが、鶏のレバー……。

 っていうのは、どこの部位なんだろうな?」


「分からん。

 が、随分と血の気は多そうだ。

 煙にも、そんな匂いが混ざっていた」


 言いながら、その肉をまじまじと見つめた。

 一口大に切り分けられた肉は――黒い。

 これは、本当に普段食している動物の部位なのかと、疑ってしまうほどだ。

 皿には串が二つ載せられていて、どうやら、これで刺して食べろという意図だと察せられる。


「まあ、どこの部位でも美味ければいい。

 美味ければな。

 ……と、ボソリとしているな」


 相方が言った通り……。

 突き刺した串の感触は、肉に特有の弾力がない。

 まるで、固めた砂に突き刺したかのような……。

 そういった印象だった。


「あのお嬢さんに賭けてみるとしよう」


 言いながら、もう一人の男が、意を決してレバーなる内臓肉を口に運ぶ。

 そして、これを少し咀嚼した後……。

 カッと、その目が開かれる。


「う……美味い!」


 瞬間……。

 男の口内に広がったのは、何とも濃密な血の味だったのだ。

 といっても、すりむいた傷口から舐めた時のそれとも、分厚く切って焼いた牛の肉からほとばしるそれとも異なった。


 血を感じるのは、間違いない。

 だが、これはどこまでも純粋な……。

 上質な紙を何枚も使い、血液というものを濾しに濾したような……。

 血の旨味だけが感じられる味わいなのだ。


「ねっとりと舌に絡みついて……。

 でも、これが癖になるな」


 もう一人の男が語ったように……。

 食感もまた、普段食している肉にはない独特のものである。

 まるで、溶け出してでもいるかのように……。

 しっとりと舌に絡みついて、先の濃密な旨味を、ほんのわずかな苦みと一緒に堪能させてくれるのだ。


 ……美味。

 美味と認めるしか、ない味であった。

 味付けは塩のみであるから、余計に異論を挟む余地がない。


「獣人は、こんな美味いものを食っていたのか……」


「あるいは、料理人……さっきの小僧か?

 その腕が良いからか?」


「だが、味付けは塩だけだぞ」


「ううむ、確かに……。

 と、食べきってしまったな」


 語り合い、唸り合いながら食べ進めると、あっという間に皿の上は空になった。

 ついでに、ジョッキのビールも半分ほどを飲み進めてしまっている。

 食の最中にありながら、それを忘れさせ、魅了する味ということだ。


「これなら、他の部位も期待できそうだ」


「ああ、次は何を頼もうか」


 二人して、品書きを眺めた。


「ご新規様三名、入りまーす!」


「こちらは、四名でーす!」


 外の娘たちが新たな客を呼び込んできたのは、その時である。

 そこからは、好循環だ。

 後から来た客たちも、同じように内臓の味へ感心して長居し……。

 活気と娘の可愛らしさが気になって訪れた新たな客たちが、店の外で適当に木箱などを使い、注文を始めていく。


 『モツ焼き屋のジンドー』という奇妙な店は、開店初日を大盛況で終わらせたのであった。




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