第9話 赤い糸


見慣れた天井と、覚えのある風景

自分の匂いに溢れた部屋は安心した。

「そうか…あれは最悪な悪夢だったんだ」と…


千影はベッドから起き辺りを見ていると

あることに気が付いた。

「窓がないな」

部屋は完璧に再現されているが所々おかしな所があった。

あるはずの窓はなくなって、机や物は固定されて動かすことが出来なくなっていた。

「小物もなくなっている…」

しゃがんで引き出しの中身を探っていると

人の気配がして振り向いた。

そこにはいつもとは違う雰囲気の京乃が何も言わず、異様な雰囲気で立ち尽くしていた。


「やはり君がここを用意したのか…気味が悪…」

千影が目線を戻すと

背後に離れていたはずの京乃が千影の顔を両手で掴んだ。

まるで今までとは違う京乃。

「何も分かっていません…」

「は…?」

「何も分かっていないんです…僕がどんな気持ちで千影さんを探していたか分かりますか?わかりませんよね」

千影の今まで生きた人生は人生とは言えないほど簡単で閉鎖された時間としか言いようがない。

人に期待することもなくだからこそ怒ったこともほとんどないまま生きてきた。

あまりにもな行動に嫌気がさしていい加減にしろと言いたくなった。

言いたくなっただけだったのに。

「ちょ…」

頭が真っ白になるほど、今までの怒りを思い出すこともないほどの出来事が起こった。

千影の頬に一雫が落ちた。


彼女のトラウマが過る


「…本当に…なんて言ったらいいか…」

両手で顔を背後から掴まれたままの千影は逃げ場所がなく、しどろもどろな態度を続けて彼の涙を受け止め続けた。

彼の涙が嫌で逃げ場所を探した訳ではない。

そんな自分自身が嫌で千影は彼の率直な態度と涙から逃げたかった。


そんな千影の思いを感じ取った京乃の口元が緩んだ。

このまま千影の弱みを握りモノにしてしまおうかと。

「謝罪ならいりません…その代わり千影さんを…」

京乃はハッとして口を押さえた。

自分は一体何を言いかけたのかー


千影は彼の様子を見て、頬を押さえる手を離して体を回転させ振り向くと同じように彼の頬を掴んで顔を近づけた。

「落ち着け、息をしろ…」

彼女の言葉を聞いた時

過呼吸になっていたことを知った。

「大丈夫だ、私はここにいる」

先程の様子とは違いしっかりとした様子と表情をしていることに京乃は驚きを隠せなかった。

彼女は自分が思うほど弱くはないと…

背中を等間隔でトントンと優しく叩き

1分…3分…5分…と時間をかけてゆっくりと乱れた呼吸は落ち着きを取り戻した。


千影が好きだ


その言葉が脳裏によぎり

「好きです…」

彼は口に出していた

俯いてその言葉を言い終わる頃に顔を上げると彼女の表情は濁っていた。

まるでその言葉を聞きたくなかったかのように見えるその態度はからは

失言

と2文字で表せないほど靄がかかった。

「…どうして私なんだ」

ため息に言葉を混ぜて話す千影の口を糸で縫い合わせたくなった。

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