第17話妊婦

 ローレンスは子煩悩だった。

 結婚してすぐに第一子が授かり、翌年に第二子が授かった。

 子供達を溺愛し何くれとなく世話をした。



「ソーニャ、体調はどうだい?」


「ええ、今日はとても気分がいいの。だから、少し庭を散歩したいわ」


「それはいい考えだね! じゃあ行こうか」


 今、第三子を妊娠中。

 腕白盛りの長男と次男も、弟か妹ができると今から楽しみにしている。


「ソーニャ、足元に気を付けて」


「ありがとう」


 私の身体を気遣いながら、ゆっくりと歩くローレンス。

 結婚向きの性格とはお世辞にも言えないと思っていたけれど、いざ、結婚すると変わるタイプだった。

 良い夫で、良い父親。

 人は見かけによらないとはよく言ったものだ。



「ソーニャ、あそこを見てごらん」


 ローレンスが指差す方向へ目を向けると、そこには色とりどりの花が咲き乱れていた。


「綺麗ね……」


「あの花はね、ソーニャをイメージして品種改良したものなんだ」


「え……?」


「どう?気に入った?」


「ええ……とても……」


「良かった!喜んでもらえて。ソーニャが気に入ると思って一生懸命に品種改良した甲斐があったよ」


 心から嬉しそうに笑うローレンスを見て、苦笑するしかない。

 こういうことを平気で言うし、実行する。

 きっと花の名前は「ソーニャ」と付けるのだろう。

 私の意見を聞くことなく……。

 愛されていると感じるから、迷惑だとは思わないけれど少し困る。

 そしてそれはいつの間にか世間に流通し、定着するまでがセットだろう。


 長男を妊娠中の時に、妊婦向けの靴や服に私の名前を付けて流通させていた。

 聞いた時は開いた口が塞がらなかった。



『誰が買うの!?』


『嫌だな、ソーニャ。これはムチャクチャ売れてるんだよ?』


『妊婦向きなのに!?』


『だからだよ。貴族の夫人達は絶賛しているよ。妊婦は動きやすい衣装や靴がなくて困っていたらしくてね』


 それはそうだろうけど……。


『僕としてもソーニャに負担になる靴は論外だし、衣装は伸縮性があって着心地の良いものを考え抜いたんだ。着ていて楽じゃなかったら、意味がないからね。そもそも妊娠しているの身体を締め付けるドレスってなんだよね』


『まあ、それはそうね……』


 その言い分は理解できる。

 貴族の奥方は妊娠すれば社交界を休むのが常識。

 もっというなら、妊娠期間中とその後の一年は基本社交は休業。


 貴族女性は常に美しく着飾っていなければならないから。

 コルセットで締め上げ、ドレスを着る。

 常に身体の線を出すようなドレスを着なければならない。

 靴も同じ。より美しく見せる為にヒールの高い靴を履く。


 醜いことは許されない。


 妊娠中は屋敷に引き籠っているのはセオリー。

 ネグリジェのような薄絹のドレスで過ごすのが一般的。靴?論外。ペッタンコの履物で過ごす。だって自分の家から一歩も出ないから。



『ソーニャは妊娠してても外に出たくない?やっぱり屋敷の中で籠りっきりは良くないと思うんだ』


『私だって庭に出て散歩くらいはしたいわよ』


『だよね。じゃあ、この靴はどうかな?これなら屋敷の中でも履けるし、外にも出られるよ』


『まあ……素敵ね』


 こうして私は屋敷の外でも履ける靴をデザインしてもらい、それを履いて散歩に出かける。

 ドレスも同じ。ゆったりとした物で、締め付けない物。それでいて凝った刺繍が施してあり、とても美しいく見える。


 私を見て、


『まあ!奥様、よくお似合いです。素敵ですわ』


 と、皆は大絶賛。


 私が妊娠中にも拘わらず外出している。また、見かけた貴族夫人が、「公爵夫人は妊婦でも美しく装える」と。

 口コミで、あっという間に広まっていく。


 ローレンスは服飾関係の会社を興し、大儲けしている。

 子供関係の会社も手掛け、そちらでも大儲け。


 意外な才能があったのだと感心してしまった。

 優秀だと知ってはいたけれど、それは公爵として。貴族としてのことだとばかり思っていたのに。


 夫であり幼馴染みの彼を本当はよく分かっていないのかもしれない。




「ソーニャ、そろそろ屋敷に戻ろうか?」


 ぼんやりと物思いに耽っていると、ローレンスがそう切り出してきた。


「そうね。そろそろ戻りましょう」


「足元がふらついているよ。気を付けて……」


「ええ、大丈夫よ」


 差し出されたローレンスの手を取る。

 その手は温かく、私よりも大きい。

 とても頼もしく感じる。


「ソーニャ、大丈夫かい?」


「ええ……」


 こうして手を繋いでいると不意に昔を思い出してしまう。

 幼少の頃もこうしてローレンスと手を繋いでいた。

 家族ぐるみで付き合っていた私達。

 兄と妹のような関係だったと記憶している。


 ああ、そういえば。

 いつだったか、母が言っていた。


『貴方は本当はブラッドフォード公爵夫人になるはずだったのよ』と――


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