9.勇者街は重いって
「では君たち第二班はあそこで緑色の旗を持っている女性の前に向かってくれ」
キム、ケート、オータニ、そして俺。
この四人で班を組むことを決め、マルタンさんに報告したらそんなことを言われた。彼が指し示す先には緑の旗をパタパタと振る小柄な女性が立っていた。
(え、担当訓練官って男性じゃないんですか)
寝耳に水、男子校生に女の子。てっきり担当訓練教官の男性が案内するものだと思い込んでいたので完全な不意打ちである。
「どうしたんだい固まって…ってあぁ、本当に免疫がないんだね。安心しなさい、彼女は部屋までの案内人だ。君たちを取って食いやしない」
四人が固まっているとマルタンさんがあれは今だけ案内役を務めてくださる人で担当訓練官は明日の朝に合流すると教えてくれた。
(心の準備が出来ていません)
しかし女性を待たせる度胸がない俺たちはおずおずとその女性に近づいていく。
「勇者様初めまして、案内役を務めさせていただきますエリゼ・ド・ラ・クラレットです!」
彼女はエリゼさんというらしい。姿勢を伸ばし元気に挨拶してくれた。
近くで見るとますます小さいなと感じる。四人の中で一番身長の低いキムが百六十五センチ。それよりも相当低いから百五十もないのではなかろうか。
「初めまして、ヘータです」
「拙者はキムなり」
「ケートだ」
「僕はオータニです、よろしくお願いします」
こちらもと挨拶をするとエリゼさんは満面の笑みを浮かべた。俺たち一人一人の名前を復唱し、最後に「覚えました!」とまた笑顔になる。向日葵のような人だ。
(可愛い)
声には出していない。だが確かに俺たちの心は一つになっていた。
邪な感情がその笑顔で浄化されていく。
何故俺たちは女性と話す時、過剰に緊張してしまうのだろうか。それはワンチャンあるんじゃないかと女性を性の対象として見てしまっているからだ。
それが彼女にはなかった。
魅力がないと言っているのではない。
むしろその逆。俺たちなんかが触れてはいけない。
彼女は元気に咲く一輪の向日葵。
俺たちの我儘で摘み取ってはいけない可憐な存在なのだ。
「それでは早速、皆さまを勇者街にあるお部屋の方にご案内しますっ。私の後について来てください!」
『は~い』
嘗てないほど無欲になった俺たちは小さな背中を追って広場を出た。
◇◇◇
それは王城の裏口から外に出た瞬間に目に飛び込んできた。
「なんじゃありゃ…」
エリゼさんと会って以来、城内でずっとハイテンションだった俺たちは一瞬にして素に戻る。それくらい目の前にある光景というのは衝撃的なものだったから。
「城壁かな」
「二十メートルはあると見た」
目の前にそびえ立つのは灰色の重厚感のある壁。高さはキム曰く二十メートルはあるらしい。正確な数値は分からないがとにかく大きかった。沈みゆく夕日を城壁が隠し、俺たちの周りには夜が訪れ始めている。
「石やないな」
「光ってるもんね」
そして近づいて見て分かったのだが、どうやらただの石壁でもなさそうだ。何故なら仄かに青白く発光しているから。夕日に照らされたわけでもなく自ら光る石を俺は知らない。今でも十分に綺麗な光景だが、完全に日が落ち切れば絶景に変わることだろう。
「皆さま「エリゼさん…あ」こちらがぁ、その、勇者街です…」
(やべ、被った)
どうしてこの壁は光っているのか。そう質問しようとしたんだけどエリゼさんと被り申した。決め台詞を邪魔されて萎れていく彼女を見て少しだけ可愛いと思ってしまったが最後、何をニヤニヤしているんだと野郎共の視線、いや死線が痛い。
「わ、わぁここが勇者街なんですねエリゼさん!」
「立派なとこやねっエリゼさん!」
「くたヴぁれヘータ氏ぃ!」
自分を慰めようと声を張る馬鹿たちのお陰か、それともただの時間経過か。少し元気を取り戻したエリゼさんがこちらを向いたので「…すんません」と謝っておいた。すると彼女は慌てた様子で両手をわちゃわちゃ。
「いえいえ、たまたま被ってしまっただけですから。それでヘータさまは何をお聞きになろうとしたのですか?」
「え…っと、どうして勇者街の壁が光っているのかなと思いまして」
しかし俺からの質問を聞いた途端に眼の色を変えた。
「っいいところに気付きましたね!ふふふ、それはですね…壁の中に『ピエール・イゾラント』という少し変わった性質を持つ鉱石が混ぜ込まれているからなんです!その性質は魔力の吸収。あ、魔力というのは人体から空気中までどこにでも溶け込んでいる力の欠片のことです。明日から座学で習うと思いますよ。それでですね、どうなると思いますか!?」
(なるほど、オタクだったか)
可憐な一輪の向日葵は何処へやら。鼻息を荒くしてこちらに詰め寄る姿はまさに女版キム。ただし可愛いから許せちゃうというのが奴とは違うところ。
(空気中の魔力を常時吸収して発光する鉱石か)
彼女は既に正解を言っているようなものだったので俺は答えようとした。褒められたいので。しかしその前に同類が共鳴する。
「拙者分かりましたぞっエリゼ女史ぃ!つまり大気中に溶け込んだ魔力を壁に含まれているピエール・イゾラントが常時吸収ぅっ、そしてなんやかんや反応を起こして最終的に発光しているのですな!……ぁ、いいにほい」
「そうなんですキムさまっ、だからあの街壁は青白く発光しているのです!それにしてもまさか魔力吸収と発光を直接結び付けることなく、その過程に気が付くとは!キムさまは聡明ですね!」
俺:吸収→発光 ×
キム:吸収→?→発光 〇
(…あぶねぇ、吸収と発光を直接結び付けちゃったよ)
危うくエリゼさんに冷めた目で見られるところだった。それはキム以外の二人も同じだったらしく胸を撫で下ろしている姿が横目に映った。そんでもって正解者のキムは彼女に詰め寄られて鼻息を荒くしている。よかったな。
直後、そんな木っ端恥ずかしさはすぐに消し飛ぶ光景が、再び俺たちの視界を襲う。そこにはまるで絵画から飛び出してきたかのような美しい街並みが広がっていた。
「こちらが勇者街です!」
完全復活を遂げたエリゼさんが胸を張り自慢げにそう仰る。意外とあるんだな。しかし今俺たちは勇者街の街並みに釘付けだ。
街の中央を貫く一本の通りは丁寧に敷き詰められた石畳で整然と舗装されていて、黄昏の光が建物の窓や装飾された屋根に柔らかく降り注ぎ、街全体を温かみのある色彩で包み込んでいた。
通りの両側に立ち並ぶ家々はレンガや石を使った重厚な作りでありながらも、そのデザインはどこか温もりを感じさせる。建物の多くは二階建てか三階建てで一階には商店やカフェらしき店が軒を連ねている。窓辺には色とりどりの花が咲き誇りバルコニーからは蔓草が垂れ下がっていて、木製の扉や窓枠が緑の葉や色鮮やかな花々と調和し街全体に生命感を与えていた。
「ふつくしぃ…」
キムの言葉に一堂が頷く。エリゼさんはにっこにこだ。だがまだ勇者街のバトルウェイズは終了してないぜ。今俺たちが感動したのは動くことのない建物たちに対してだ。少し意識を下に向ければそこは人々の営みで溢れていた。
夕飯時だからだろうか。通りは多くの人々で賑わっている。商店の前には果物やパン、雑貨が並べられ、店主たちは客と楽しげに言葉を交わしていた。その様子はまるでお祭りのように賑やかで、見ているだけのこちらも不思議と高揚してくる。
「異世界だ!」
オータニが珍しく大声を上げた。彼の目の前を楽しそうに笑い合いながら歩く家族連れや友人同士で会話を交わす若者たちが通り過ぎていく。彼らの顔にはどこか満ち足りた表情が浮かんでおり、この街での生活がいかに豊かで平和なものかを物語っているようだった。
だからこそ目の前の光景が異様なものに見えてくるわけだが――。
ケートも同じように感じたらしく、街に入ってからずっと誇らしげな顔をしているエリゼさんに尋ねた。
「エリゼさん…この街はいつからここにあるがや?」
『…あ』
街に魅入っていたキムとオータニも、その言葉を聞いてようやく違和感に気付く。勇者のためだけに作られた街。にもかかわらず確かな歴史の匂いがする。確かな日常が、そこにはあった。
「現国王陛下がまだ王太子であった頃に建設が開始され、ご即位なされた翌年からこの街は勇者街として動き始めているので今年でちょうど四十年目になります!」
「建設開始からですか?」
「いえ、稼働からです」
「在位期間ながすぎぃ!」
「そこじゃねぇよ…」
突っ込むところ。四十年は確かに長いけれども。だがしかし、なるほどなるほど。それならこの奇妙な光景にも納得できる。非日常が日常にすり替わるまでには十分な時間だ。
「責任重大だね…」
オータニの呟きに三人は無言の肯定で返した。
高校二年生の肩には重すぎる。それでも俺たちはやらねばならないのだろう。宿に着くまでの道中、俺たちの間に会話はなかった。
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