8.ファーストペンギンとお呼び

 意識を失った四人が広間から担ぎ出されるのを見て、ようやく眼の前で何が起きたのかを理解した。


「…なぁヘータ。人って殴られてあんなに飛ぶがやろうか」

「……飛ぉぶんじゃないかな、だって飛んでたもん」


 原理は至ってシンプル。拳を下から突き上げ、土手腹にどすん。それを高速で四連発。マルタンさんがやったのは、小学生でも理解できるような単純な力技だったのだ。


 故に生物としての格差が浮き彫りになる。

 貴方が勇者になってみては如何かな。


「さて、話を戻そうか。え~とどこまで話したかな…あぁそうそう、明日から君たちに課される修練について話そうとしていたんだ」


 しれっと何事もなかったように話に戻るマルセンさん。ちょっと待てと突っ込む命知らずはこの場から既に去っていた。


「まず我々王国としての構想は、勇者諸君を二年間かけて一人前の対魔族戦力として育成することだと考えている。そしてその二年間というのは三つの期間に分けることが出来てだね、初めの六か月を基礎訓練期間、次の六か月を専門訓練期間、残りの十二か月が実戦経験期間と呼ぶことにしているんだ」


 遮る者はいない。話はトントン拍子に進んでいく。


「すべての訓練の内容を今ここで話してもいいんだけど、長いとみんな飽きちゃうでしょ。だからこれから先語る訓練内容は全て、初めの六か月…明日から実際に始まる基礎訓練期間のものだと考えてくれ。ここまでは良いかな?」


 はい、よろこんで。


「よろしい。では訓練の目標から説明しよう。君たちの基礎訓練期間の目標は、戦士としての基本をしっかりと身につけることだ。剣術や弓術、そして魔法の基礎を学び身体を鍛え上げる。さらに、戦場で必要となる体力と判断力を養い、戦闘に対する恐怖を克服することが求められる」


 土台を固めるということですね。


「具体的には、剣を握るだけでなく、しっかりと振るための筋力と技術を身につけてもらう。弓を引き、的確に狙いを定めるための集中力と冷静さを養う。そして、魔法を発動する際に必要な精神統一と制御の技術を磨いていくんだ。これらは戦場に出る前に、どうしても身につけておかなければならない基礎中の基礎だ」


 ほう、力よりも技よりも俺たちには精神関連の技術が必要になりそうだな。何せ我々は世界一平和な国で育ってきた故。


「もちろん身体を鍛えることも忘れちゃいけない。体力がなければどんなに技術があっても戦場では生き残れない。だから走り込みや筋力トレーニングも毎日のように行う。初めは厳しいと感じるかもしれないがこれもすべて君たちを強くするためだ。折れてくれるなよ?」


 げ、体育会系の匂いがする。隣をちらりと見れば鳴瀬組が眼の色を輝かせていた。運動部の独壇場だろうな、これは。うちの四人組だとキムが心配だ。あいつは中学でラジオ部、高校では帰宅部だから。


「この六か月が終わるころには、自分がどれほど成長したかに驚くことだろう。戦士としての基礎がしっかりと身についていることを実感できるはずだ。これを乗り越えれば、次の段階へと進む準備が整う……以上が基礎訓練期間についてだ、何か質問が人は手を挙げてほしい」


 説明を一気に話し終えたマルセンさんは最後に質問の時間を取ってくれるようだが、もちろん誰も手を挙げない。


 先ほどの四連アッパーがあまりに鮮烈で、手を挙げた次の瞬間、自分が五人目になるのではないかとつい考えてしまうのだ。心の傷はそう簡単に癒えたりしない。


 誰か一人でも手を挙げれば続く人が出ると思う。ファーストペンギンってやつだ。ただその最有力候補、さっき気絶して外に運ばれていったんだよね。だからとにかく目が合わないようにと下を向く。見えていないがおそらくは周りのみんなも同じか似た行動を取っていることだろう。


 しかし俯きながらも俺は考えていた……果たして本当にそれでいいのだろうかと。


 誰かがやったら俺もやるの日和見メンタルをこの世界は許してくれるか。いや、違う。日和見で済む世界ならまだいい。ここは違うんだ。俺たちが召喚されたこの異世界では迷っている間に命を落とすことだってあり得る…多分、だって魔王いるらしいし。それに今はまだ訓練の説明だけで済んでいるがこれから先はもっと厳しい状況が待っているに違いない。


 変わりたいなら今がチャンス。最後のチャンス。


「……くそっ」


 思わず小さく呟いていた。自分でもわかっている。何かを変えなければならない時が来ていると。頭では理解しているんだ。けれど、心と身体がまだついていかない。ここで手を挙げることで何かが変わるのか?そう自問自答しながらも、何故かマルセンさんの目がこちらに向いているような気がしてならない。


「――」


 俺は深呼吸を一つした。鼓動が速くなる。緊張感で指先が震えるのを感じた。だけど、このまま下を向いていても始まらない。意を決して顔を上げる。見渡せば皆同じように俯いている。誰もが同じ不安を抱えているのだ。


 その時、俺の胸の中で何かが弾けた。


「……質問があります!」


 気づけば手を挙げて声を張っていた。周囲が驚いてこちらを見ているのが分かる、イザベルさんもまた俺を見ていた。自分でも驚いている、何してんだ馬鹿野郎って。


 だが今さら引き返せない。女の子が俺を見てる!


 マルセンさんは俺を見つめ、少し驚いた表情を浮かべていたが、やがて微笑んで頷いた。


「ほう、質問か。いいぞ、聞かせてくれ。」


 全身が熱くなっている。心臓の鼓動が耳まで響いてくる。頭が真っ白だ。何を聞けばいい?何を聞けばこの場を乗り切れる?焦る気持ちを押さえ込み、なんとか言葉をひねり出す。


「訓練期間中に……その、もしどうしても訓練についていけない時があった場合、どんな対応がされるのでしょうか?」


 質問を終えると、ほんの少しの沈黙が訪れた。


 その沈黙が俺を正気に戻してしまう。


 ……うぉぉぉおおお、だっせぇぇぇぇ。


 何という消極的質問、弱気な発言。


 絶対に笑われる。


 俺が自己嫌悪に苛まれているその間、マルセンさんはじっとこちらを見つめていた。


「なるほど。いい質問だな。」


 しかし彼は笑わなかった。

 少し考えるようにしてから答えを返してくれる。


「まず、訓練が厳しいのは事実だ。そして、その厳しさに耐えられない者も当然出てくる。しかし、我々は君たちを無理やり追い詰めるつもりはない。ついていけないと感じた時は必ず報告すること。指導教官が状況を見て必要ならば訓練のペースを調整する。だが覚えておいてほしい。戦場に出ればそんな猶予はない。だからこそ訓練中に自分の限界を見極め、可能な限りそれを超える努力をすることが求められるんだ」


 言葉の一つひとつが重く胸に響いた。緊張はまだ解けないが、少しずつ気持ちが落ち着いてくるのを感じた。


「……ありがとうございます。」


 そう言って床に座ると、今度は他のクラスメイトたちの間でざわめきが起こった。まるで質問が解禁されたかのように何人かが次々と手を挙げ始める。その中には悔しそうな顔をした鳴瀬もいた。


「あの、俺も質問が……」

「僕も聞きたいことが……」


 マルセンさんは満足そうに頷きながら、再び訓練生たちに向けて話を始めた。


「いいぞ。君たちの疑問はここで解決しておこう。戦場で迷わないために今のうちに聞いておくべきだ」


 俺が起こした小さな勇気の波が周囲に広がっていくのを感じた。誰かが最初の一歩を踏み出せば次の一歩も続く。そうか、こういうことだったのかもしれない。


 ファーストペンギン、きんもちぃぃぃっ…!




 ◇◇◇




「質問はこれくらいで大丈夫かな?」


 体感で十五分。一通り聞きたいことを聞けたB組の野郎共はマルセンさんの言葉に頷いた。その中には基礎訓練期間に関係のないことを質問した者も含まれている。マルセンさんが聞く耳を持ってくれなかったため諦めたのだろう。


 あ、答えてもらえた質問の中で特に重要だなと個人的に思ったはものを紹介しておきますね。


 Q.訓練についていけない時があった場合、どんな対応がされるのでしょうか。

 A.担当の訓練官に報告しなさい。ただし訓練官は君たちを常に見ているため虚偽の報告は見破られると思うこと。いい質問だね、素晴らしい。


 Q. 担当の訓練官とは何ですか?

 A. これから君たちを四人一組の十個の班に分けるが、それぞれの班に一人ずつ担当する王国兵がつく。この訓練官が『担当の訓練官』。訓練の内容だけでなく、生活面での質問や相談もこの訓練官に聞いて。


 Q.四人一組は自分たちで決めるんですか。

 A.君たちの間で決めてくれて構わない。ただしここで決めた班員とは基礎訓練期間中、同じ部屋で寝泊まりする仲間になることを忘れないように。


 Q.三人余ると思うんですけど。

 A.だから一つだけ三人班になるね。その班には西村君が入る予定だから彼と仲の良い友人が三人いると個人的にはありがたいかな。あ、今さっき運ばれていった四人はあれで一班だから。


 Q:担当官の人は女性ですか。

 A:いや、男性だよ。


 Q:何故ですか。

 A:円滑なコミュニケーションを図るためだよ。同性にしか聞けない悩みとかあるだろう。あと、君たちは女性に対する免疫が低いという報告が上がっているからね。マリー王女のことを無視しただろう?


 Q:訓練は毎日行われるのでしょうか。

 A:週に一度休息日を設けているからほぼ毎日だね。


 Q:一週間は何日ですか。

 A:六日だよ。君たちは


 Q:休息日は城外に出れますか。

 A:出れるよ。君たちは城外にある『勇者街』という街から訓練場に通ってもらうことになっているから。ただ王城と勇者街のある第一城壁内からは出られない。少なくとも基礎訓練期間中はね。あとの詳しいことは担当官に聞いておくれ。


 Q:訓練はどれくらい厳しいですか。

 A:人によって厳しいの基準が違うから何ともね。ただ二年という限られた時間で私を超えて強くなるのだからそれ相応と言わせておう。詳しくは明日、君たちの身体に直接教えてあげるよ。


 Q:体調が悪い時や怪我をした場合はどうすればいいですか?

 A:体調が悪い時や怪我をした場合は、すぐに担当の訓練官に報告すること。症状が軽い場合は内傷外傷に関係なく、その場に待機している治癒術師の方がその場で治してくれるから。で、重いようなら医務室に運ばれる。ちなみに先ほどの四人は軽傷者の部類だからね。


 Q:訓練の進捗が他の人より遅れた場合どうなりますか?

 A:担当訓練官の判断で休息日に追加の指導が入る。その際、同じ班の人間も連帯して指導を受けてもらうことになるからね。互いに助け合いながら真剣に訓練に取り組むように。



(以上、質疑応答の内容でした)


またこれらを踏まえた上で俺たちは誰と四人班を組むか考えなければならない。


しかし俺の中では既に誰と組むか決まっていた。


「それじゃあ四人班を組んでもらおうか。はい、どうぞ」


 マルセンさんが手を叩くと同時に口を開く。


『――組もう。』


 俺、キム、ケート、オータニ。四人の声が重なった。

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