7.十七歳、拳で

 異世界に来てまたこのなんとも言えない居心地の悪さを感じるとは。


「………」

『………』


 演壇に立つヴィクトル騎士団長と目が合わないように、しかし逸らし方がわざとらしくないように。騎士団長と運動部経験者との間に緊張が走る。


「なんか怖そうな人ですなぁ」

「…静かにしてくれ」

「おい、どうしたがやヘータ。顔色が悪いぜよ」

「……」


 うあぁ喋り掛けんなっ。


「……………以上」


 たっぷりと間を取り、何を話すのかと思えば、ヴィクトル騎士団長はそれだけ言って演壇を下りた。飛んだ肩透かしだ。まだ広場には残るようなので気は抜けないが。


 視線を演壇上に戻すと人の好さそうな中年男性がいた。壇上から俺たちを一通り見渡すと深緑の眼を細めて満足そうに頷く。


「え~皆さん初めまして、私は王国第一騎士団副団長ジャン・マルタンという者です。ここからはラフルール団長に代わり私が話していくのでどうぞよろしく」

『……』


 良かった、騎士団長とは打って変わって優しそうな人だ。威圧感から解放された運動部と元運動部の面々は胸を撫で下ろし会釈する。うっす。首を前に少しだけ突き出す男子校スポーツマンスタイルである。


「はい返事~、よろしくお願いします」

『……よろしくお願いします』


 ただマルタンさんは素振りだけでなく声を出しての挨拶が欲しかったらしい。あんたも体育会系かい。


 …いや、人としては当然のことを言ったまでか。


 挨拶されたら同じように挨拶を返す。現代っ子は色々とそこから辺の礼儀作法を忘れがちだ。


「もう少し大きな声で言おうか…よろしくお願いしますッ!」

『よろしくお願いします!』


 数回のやり直しをした後、ようやくマルタンさんが満足する声量に達した。


「お、いいね。その調子その調子。明日から君たちは騎士見習いとして修練に励むことになるから意識するといいよ。やろうと思えば誰でも出来ることで怒られたくないだろう。騎士団長は怖いぞ~」


 演壇に立つマルタンさんはそう言うと広場の隅に立ちこちらを見張っていた騎士団長に目配せする。それだけは絶対に嫌だったので運動部を中心にクラスの全員が大きく首を縦に振った。赤ベコみたい。


 それにしてもヴィクトル団長とマルタン副団長の二人は全く別タイプの人だなと俺、オモイマス。第一騎士団が何だか知らないが流石騎士団のツートップ。人心掌握が上手でいらっしゃる。


「優しそうな人だね」

「優しいおんちゃんやねえ」


 狙っているのかどうか定かではない。けれども俺の心は既にマルタンさん=良い人であると思い込み始めていた。キム、ケート、オータニの三人も同じように感じているらしい。


「ですな。ピロートークが上手そう」


 キムは奴にとっての最上級の誉め言葉を送っていた。可哀想にあまりのショックに記憶が飛んでやがる。お前、一生ピロートーク出来ないかもしれないんだぜ?


 まぁそんなことは置いといて。マルタンさんの話をちゃんと聞きましょうか。


「まず確認なんだが、君たちは何故王国に勇者として招かれたか。その理由を既にご存じかな?」


 彼の言葉にもちろん俺たち元未覚醒組は頷いた。大陸のざっとした歴史と勇者召喚の目的はイザベルさんから聞いていたからだ。それは覚醒組も同じだったらしく軽く頷いている。


「よし、ではそこの君。答えてもらってもいいかな」

「え、俺?」

「うん君。だって今頷いていたでしょう」

「まぁ…じゃあ、えと。魔王の討伐ですよね」


 指名を受けたのは田中清十郎。クラスで三番目に勇者として覚醒しているので元覚醒組の人間である。プロポーズ未遂くんと言えば思い出しやすいかな。

 しかし彼の真のあだ名はウンチクマンだ。分かりやすく言うと知識をひけらかすタイプ。そんな彼が「勇者の目的は」と聞かれ「魔王の討伐」の一言で終わったから俺含め元未覚醒組のメンツは少しばかり驚いている。あれ、戦後処理の話は?と。


「あいつらの案内役って誰?」

「マリー王女らしいよ」

「おお、戻ってきちょったがや」

「イザベル嬢の方が優秀な希ガス」


 どうやら案内役によって情報格差が生まれているらしい。今後は王国陣営人の見極めも大切になってくるのかもしれない。頭の片隅にメモメモっと。


「あれ…間違ってましたか?王様やマリーちゃんからはそう聞きましたけど」

「あぁいや、すまない。正解だよ。彼の言う通り我々が君たちを招いた理由は人類の存在そのものを脅かす巨悪、魔王を討伐することにある。…あと国王陛下、マリー王女殿下と呼ぼうか。中には気にする者もいるからね」

「え、でもマリー…王女殿下は良いって」

「時と場合を選ぼうという話だ。覚えておくといい」

「…はい」


 あらら怒られてやんの。でも代表して田中が怒られてくれたことでみんなはここでの常識を学べたのだから感謝しなくてはいけない。


「細かいのぉ」

「でもそんな細かいことを気にするのが貴族ってことをマルタンさんは僕たちに伝えたいんじゃないかな」


 高貴な生まれの人間と馴れ馴れしくすると色々なところに角が立つ。創作の世界では常識として語られているけど、俺たちは民主主義の民だもの。ふとしたところでボロを出さないように些細な異世界常識の積み重ねは大切だ。


 まだ王国に転移して数時間しか経っていないが分かる。この世界において、支配階級でありながら格下相手にも丁寧に接してくれる彼のような人物は貴重であると。


「なんだか説教臭くなってしまったね。そろそろ本題に入ろうか」


 むすっとする田中から離れマルタンさんはぱんっと掌を合わせ、声のトーンを一つ上げた。その姿はまるで生徒を教え導く先生のよう。授業を受けていると錯覚してしまいそうだ。


 …周りを完全武装の大人たちに囲まれているから、あくまでも錯覚に過ぎないけど。


「先ほど言ったように君たち勇者の最終目標は魔王討伐だ。しかしそれは人魔大戦の終焉を意味する。人族と魔族の争いは大陸が誕生した神話の時代から絶え間なく続いてきたのだから、それを成し遂げることは口で言うほど簡単じゃない。けれども君たちは我々と共に力を合わせ、その偉業を成し遂げなければならない。王国のためにも、君たち自身のためにもね」


 俺たち自身のためにも。

 うん、十中八九、帰還云々の話だろう。

 この辺りの知識はイザベル組もマリー組も同じらしい。


「しかし今の君たちはあまりにも非力だ。勇者として覚醒したからといってすぐさま最強ってわけにはいかない。世の中そんなに甘くない。甘かったらよかったんだけどね~。…というわけで君たちには王国側が用意した勇者専用育成プログラムを明日から二年間ほど受けてもらうことになりました」


 というわけで本題とは『魔王討伐のために力を付けよう。こっちでその用意はしているから君たちは従ってくれればいい』とのこと。


 期間は二年。


 勇者専用育成プログラムという厨二心擽るワードの登場に広間にいる勇者たちが一斉にざわつく。しかし少しして考えが巡るようになると「俺たちが受ける意味はあるのか」とプログラムに対して懐疑的な声が聞こえるようになってきた。他には「え、そんなに時間かけていいの?」と戸惑いの声も上がる。


 前者は元覚醒組――マリー組。

 後者は元未覚醒組――イザベル組。


 両者の反応はどちらとも至極真っ当なものだ。


 推察するに、マリー組は…


『勇者覚醒して力を手に入れたんだから今すぐにとは言わないが、速やかに魔王討伐へ向かうべき。俺たちは今すぐにでも地球に帰りたいんだ。二年も訓練なんてしてられるか』


 …こんなところかな。当たらずとも遠からずだろう。

 一方でイザベル組は…


『情報が正しければ魔王討伐は既に佳境を迎えているはず。それなのに二年も時間を訓練に費やしていいんですか?まぁ俺たちは一向に構いませんが。その間に魔王討伐されねぇかなぁ~』


 …と、こんな感じだと思う。というか俺の意見。


「情報操作で拙者たちの考えを見事に相反させていますなぁ」

「イザベルさんはそんなことせん」


 まぁつまりは与えられている情報の違いにより意見が正反対になっているのだ。キムのような見方をすることも出来る。至って冷静。ケートは惚れた弱みなのでノーカン。


 だから問題を起こすとしたらマリー組だ。彼らと俺らでは二年の重みが違う。


「なぁマルタンさん。その勇者専用育成プログラムってもっと短くすることは出来ないのか?」


 そう言って立ち上がったのは最初の覚醒者、飯田正彦だった。マリー組と言えばこの人である。彼は待機している兵士に目もくれず、マルセンさんを見据えて自分の意見を本気で通そうとしていた。心なしかいつもより強気で自信に溢れているように見える。


「そうだ、覚醒した力を使えばもっと短縮できる」

「てか俺たちの方が強いかも」


 そしてその姿は他のマリー組に勇気を与えた。勇者覚醒を根拠に、飯田に続いて強気になっていく者の声が大きくなる。それを見てケートとキムが鼻で笑った。


「いくらなんでもプロより強いわけないちゃ」

「それに関しては拙者もケートと同じですな」


 どうして彼らがそこまで自信を持てるのか理解できない。相手は力を武器に飯を食ってるプロの軍人。一介の男子校生が勝てる道理がない。俺もまた二人のように彼らの暴走を鼻で笑う側の人間である。


「俺らのようなネタ勇者なら…な?」


 しかし俺たちがネタ枠であることを忘れてはいけないな、剣性と童帝王よ。

 きっと彼らは勇者らしい称号を手に入れているはず。謂わば物語の主人公。ネタキャラの視点から考えてはいけないのだ。


 結論、傍観。


 意識を演壇付近に戻すと飯田と彼に賛同した三名がマルタンさんに呼び出されているところだった。飯田・水島・田中のいつメン、それと桜井という猫背四肢長々人間の計四名がマルタンさんの前に集合する。


「え~っと君たちの希望は勇者専用育成プログラムの期間を二年よりもっと短くしてほしい、で合っているかな?」

「あぁ」

「ならどれくらいの期間が良いのか聞かせて欲しい。場合によっては訓練内容を詰めることで短くすることも可能だよ」

「いやぁっ、そうじゃなくて…」


 どうやら彼は拳ではなく話し合いでの解決を目指しているらしい。気だるげでいて優しい声のままだ。対して飯田たちはというとニヤニヤふらふらと落ち着きがない。返事だけで見ているこちらまで不快にさせる。


「そうじゃないのか…ん~話が見えないな」

「ちっ」


 ああなるくらいならネタ勇者でいいやと心の底から思う。そんな野郎相手にそれでもマルセンさんは笑顔で接していた。


 不気味なほど丁寧に。


「もういいよ飯田、この人には口より拳で分かってもらおうよ」

「もちろん俺らは抵抗するで…ってやつだな!」

「そーするべき、俺もそー思う」

「はは、だよなぁ」


 水島、田中、桜井の順番で口々に囃し立て飯田もそれに応える。さぞ愉快で不快な表情を浮かべていることだろう。しかし残念だ。四人は俺たちに背を向けているためその表情を見ることが出来ない。


「なぁマルセルさん。俺らがあんたをぶっ倒したらそのなんちゃらプロジェクトとやらをなしにしてくれねぇかな?」


 その代わりマルセンさんの顔はよく見える。


「いいよ」


 彼の笑顔を初めて見た気がした。


 ――瞬間、鈍い破裂音と共に四つの人影が空中に弧を描いた。


「…は?」


 それからびちゃびちゃと水っぽい音が背後からしたかと思えば、異臭が広間を包み込む。俺たちは何が起こったのか理解できずその場で動きを止めた。広間には静寂と恐怖、それと、


「口より拳で…分かっているじゃないか」


 優し気な声だけが残っていた。

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