5.俺たち四人組
あれからおよそ一時間。
イザベルさんは鳴瀬の質問に対して真摯に答え続けてくれた。彼女が知っていることについては俺たちが理解するまで辛抱強く説明し、分からないことについては「分からない」と正直に答えてくれた。そして、状況が落ち着き次第王城内にある図書館の使用許可までくれた。
「私は出来る限り城内にいることにする。だから、また何か気になったことがあれば私を頼るといい」
「あぁ、もちろんだ。頼りにしてるよ、イザベル」
「ふふ、トモヤだけではないぞ? 他のみんなもだ」
「分かってるさ」
そして極めつけはこれだ。
彼女は俺たちに美人に会う口実という名の果実を恵んでくれた。その対価として一番長く話し合い、名前呼びまでされたB組のリーダー鳴瀬くんはすっかり彼女に心を奪われてしまっている。まぁ仕方ない。あれで惚れるというのが無理な話。
「これはやられたな。イザベルさんに対して負の感情が一切浮かんでこない」
「イザベル氏は着痩せするタイプですかな…ケートに判断を仰ぎたい」
「あれは間違いなく着痩せするタイプや。見えちゅうがは氷山の一角にすぎん」
「二人ともねぇ…」
完璧な対応と言って良いだろう。現に先程まで彼女に対して多少なりとも不信感を抱いていた俺たちの心は今や綺麗さっぱり。鳴瀬に弾かれて戻ってきたケートと共に今では会話を楽しむほどだ。依然として王国兵士に囲まれているが物々しい雰囲気はもうどこにもない。
それから話題はイザベルさんの胸から先ほど繰り広げられていた問答へ。真面目な方へと進む。
「西村のやつ、どうにか無事だったみたいやね」
「実際にこの目で見ていないから確信は持てないけど、今は可能性だけで十分だな」
切っ掛けを作ったのは土佐弁ニキ――ケートこと坂本圭人だった。エロ話がまだ足りないとばかりに自称『性の伝道師』――キムこと木村和也がケートを睨む。
が、俺とオータニは真面目な顔になっていたので仕方なく話に混ざる。
「称号が与える力に身体が耐えられなかったとイザベル氏は言っていましたな」
「だ、大丈夫なのかなぁ。僕たちは今からその称号とやらを受け入れないといけないんだよね?」
「あの人は任意だと言っていたけど…」
「鳴瀬や九条らが受け入れると宣言した以上、それ以外に選択肢はないだろ」
そう、西村騒動の被害者である西村健はどうやら生きているらしい。しかしイザベルさん曰く、身体が称号の持つ力に耐えられるようになるまでは油断が許されない状況。現在は王族お抱えの医師の監視のもと集中治療室で寝たきりだそうだ。
当然、俺たちに直接確認する許可は下りなかった。
だからこそ、彼女はこう言ったのだ。
『絶対に安全だ、大丈夫だとは言えなくなってしまった今、我々は先ほどのように覚醒を強要することはできない。だから選んでくれ。強大な力を受け入れるか否かを。たとえどんな選択、結果になろうとも、ベルテール王国が国の威信をかけて全力で勇者たちを支えることに変わりはない』
俺たちはその時、初めてこの世界で選択の自由を手に入れた気がした。鳴瀬が勝手に「イザベル、俺はやるぞ」と格好つけてしまったせいですぐに一択になってしまったが。
まぁいい。
「で、みんなはあの話、どこまでが本当でどこからが嘘だと思う」
「あの話とは拙者らが地球に帰還できるか云々でありますかな?」
本当に重要なのは、果たして俺たちが地球に帰れるのか、これに尽きる。創作世界の中で異世界転移ものが避けては通れない命題として扱われてきたが、それが現実にばってしまった以上、見て見ぬ振りは許されない。
「イザベルさんはなんて答えていたっけ?」
「任しとき、俺は一言一句覚えちゅう」
イザベルさんはその質問を鳴瀬から受けた時、こう答えていた。
『勇者召喚は奇跡ではなく、自然法則を用いて作り出された数多の魔術の一つに過ぎない。人の手で作られた再現性のある技術なのだ。故に異世界から地球へあなた方を帰すことも当然に可能となる。勇者召喚の主目的である魔王討伐さえ果たされれば、王国はあなた方を元居た場所へ帰すと約束しよう』
また『巻き込んでしまったことへの謝意と私なりの誠意だと思って聞いて欲しい…』という前置きからこのようなことも言っていた。
『今回の魔王討伐なのだが実はな、既に勝つ算段が付いているらしいのだ。私が国王陛下の口から直接聞いたわけではないから断言はできない。しかし王国の騎士団長を務める私の父が私室でこう呟いていた――勇者召喚は戦後、魔王領における優先権をより多く獲得するため手段である…と』
「…本当に一言一句覚えている奴があるか、気持ち悪い」
「おい、まだあるけど聞きたくないがか?」
「すまん、続けてくれお願いします…」
そして最後に、イザベルさんは大陸の歴史と推測を交えた私見を聞かせてくれた。
『今から五百年前、先代魔王が寿命により崩御して以来、統率力を失った魔族は人族との戦いに敗れ続けた。魔王全盛の頃は大陸の半分以上を支配していたが、現在では一割にも満たないと言われている。つまり、我々人族はあと一歩のところまで魔族を追い詰めているのだ。魔族根絶まで秒読みの段階に入っている。今、各国の首脳陣が考えていることは、もはや種の絶滅ではなくその先にある旧魔王領の土地や利権について、どのようにして他国を出し抜き自国のものとするか』
「しかし派遣できる兵士の数は三大国によって決められていて、中堅国に過ぎないベルテール王国がその条件下で他国を出し抜くことは不可能な…はずだった」
ここからはケート以外の三人も覚えていた。
「そこで王国は勇者召喚の存在を思い出したんだよね。百に満たない少人数でありながら魔族の軍勢を圧倒した伝説と一緒に」
何故ならそれは酷く自分本位な考えで。
「そんな勇者たちであれば、派兵の人数上限に引っ掛かることなく、獅子奮迅の活躍を期待できる…上手く考えたものですなぁ」
聞いた瞬間、思わず舌を巻いてしまうくらい合理的な解決方法だったから。
『……』
イザベルさんの回想を終えて四人は黙り込む。どこまでが本当でどこまでが嘘か。全くもって判断が付かなかった。一人で考えても仕方ない。まだ整理が付いていないけど整理するために思っていることを口から垂れ流す。
「俺たちはこの世界のことを何も知らない。けれども人間という種についてはある程度理解しているつもりだ。大学受験に向けて世界史のお勉強はしっかりやっていたからな」
「拙者、日本史選択なのだが…」
「お口チャックして、キムくん」
「…捕らぬ狸の皮算用って言葉があるだろう。戦争で圧倒的優位に立っている側が終戦前に戦後の処理で揉めるなんて如何にも人間らしいじゃないか」
第一次世界大戦のヴェルサイユ条約。第二次世界大戦のヤルタ会談。そして人魔大戦のあれやこれや。戦後の処理を巡る争いってのはどの世界にでも起こりうる定番の悲劇らしい起きるらしい。
イザベルさんの語る大陸史がもっと王国に偏っていたら嘘と見抜けたのに。別世界なのにあまりにも既視感があり過ぎて判断が付かないじゃないか。
俺たちは唯一の判断材料を奪われたのだ。他はもう判断どころか理解が出来ません。
「あとさ、魔法って何?」
例えば魔法のこととか。あ、もちろん言葉の意味は知っているよ。でも俺らが想う魔法とこちらの世界で実際に使われている魔法が同じものとは限らないじゃないですか。
「むぅ、確かに今の拙者たちに魔法は自然法則の一部だとか、再現性があるだとか言われても天でピンときませんなぁ」
仮に同じであったとしても原理を理解して話の真偽を判断するところまでは絶対に辿り着けないけど。
「そもそも魔族とか魔王って本当にいるのかな…」
あと魔族が存在するかどうかも怪しい。
「…俺はイザベルさんを信じちゅうき。ほんでイザベルさんが魔族の根絶を願うちゅうんなら、その力が手に入る可能性があるがやったら、賭けてみたいがや」
あれも怪しいこれも怪しい。
ならばケートのように自分の信じたい方を信じるしかないのかもしれない。
嘘だったとしても、疑って裏切るより信じて裏切られる方が幸せだと。俺はそう思います。
「よしっ、決めた!俺はケートと一緒でイザベルさんを信じることにする。疑うより信じたほうが気持ち良いからな。ただケートと違うのはあくまでも暫定ってこと。図書館の使用許可も下りてるし、いつか王城の外に出る機会だってあるはずだ。自分で見て感じたことをもとに俺は判断する」
そして、そこまでに至る時間を稼ぐために勇者覚醒は避けて通れないイベントだ。勇者であれば王国側も俺を無下に扱えまい。
それに称号と固有能力で無双俺つえーしたい&女の子にチヤホヤされたいという下心も少し…いや、多分にあります。
「…というのが俺の考えなんだけど」
まだ腹を括れていないキムとオータニの何か参考になるのではないかと思いつつ、自分の中で決心をつけるためにも声に出したのだがどうだろう。
それから少ししてキムも腹を括ったのか、宣言する。
「拙者も信じることに決めましたぞ!だからそのためにまずは、称号に固有、これらを覚醒で手に入れる。チートだった場合は実質セックスし放題なのでっ。そんな機会を逃さない手はない、あり得ないのである…!」
う~ん、単純明快でいて清々しいほどに気持ち悪い。しかし実にキムらしい理由だ。ケートと一緒に呆れ笑いを浮かべる。
「みんな知っていると思うけど、僕は漫画が大好きで、特にハイファンタジーのジャンルが好きなんだ。剣を向けられたりしてすっかり怯えていたけど、今になってわくわくし始めてる自分がいる。この世界を楽しみたい、だから僕もイザベルさんを信じて覚醒する」
残されたオータニもキムを見て吹っ切れたのか、将又真面目に考えることがあほらしく思ったか。いつものような朗らかな表情で宣言した。
好きなことになると良く喋るのは相変わらずだ。百九十を超える大男が眼を輝かせ、胸の前で忙しなく手を弄る姿は奇妙だが愛らしい。ちなみにこいつの名前は小谷翔平。あだ名の由来は推して知るべし。
「んじゃイザベルさんに報告に行くか。ケートが話しかける役な」
「おう、任しちょき!」
「目算で良いからカップ数を教えてクレメンス」
「ここ男子校じゃないから止めなよ」
いつも通りの調子が四人に戻って来た。決心が鈍らないうちにイザベルさんのもとへ向かい報告する。報告係は恋する十六歳、坂本龍馬になりたいケートこと坂本圭人くんです。
「イザベラさん、俺たち魔族と戦うって決めました」
「そうか、礼を言うぞケート、ヘータ、キム、オータニ。私はイザベル・ド・ベルフォールの名において、その勇気と覚悟を真に認め、以降は客人ではなく対等な戦友として、貴公らと共に在ることをここに誓おう」
…あ、俺、
女の子に言い寄られた経験はないです。
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