4.出番が来ません

 光に包まれたと思えば自分たちは勇者で。しかし所詮は成人前の青二才。武力と権力に逆らうことが出来ず、言われるがままに従っていたら仲間の一人が突然倒れた。もう何が何だか。


 B組のみんなで一度腰を据えて話し合いたい。目まぐるしく変わる状況にこれ以上流され惑うわけにはいかなかった。


 しかし王国側が俺らに考える時間をくれるはずもなく。俺たちB組は西村騒動が起きてすぐに勇者覚醒を既に済ませた人間と未だしていない人間で別行動を取らされることになった。


「あれは死んじゅうがか?」

「…滅多なこと言うなよ、ケート」


 ――そして現在。仲良し四人組を含む十六名は未覚醒組としてとある部屋まで護送されている。とある部屋がどのような場所かは分からない。王国兵士が言うには城内でピカ一の安全性を誇る部屋であるらしいが、んなわけなかろう。どう考えたって一番安全なのは国王の私室だ。恐慌状態に陥り掛けていた生徒を気遣っての嘘と見た。


 つまりはどんな部屋か分かりませんということ。着いてからのお楽しみである。とても楽しめる精神状態ではないのだが。


「着きました、さぁ中へ」


 どうやら目的の部屋に着いたらしい。

 兵士に促され恐る恐る中へ入るとそこは洋室の客間のようだった。部屋の中心に丸テーブルがあり、挟むようにしてソファが置かれている。それ以外は特に目ぼしいものはない。特別安全そうには見えなかった。


「今しばらくの間、皆様にはこちらの部屋で待機して頂くことになりました」


 何の変哲もない客間に未覚醒組十六名が胸を撫で下ろしていると立派な顎髭を蓄えた兵士の一人が部屋からそう言って出ていった。そして彼と入れ違う形で一人の美女が現れる。


「勇者の方々初めまして。私の名はイザベル、マリー王女殿下に代わりあなた方の世話役に任じられた者だ」


 第一印象はカラッとした雰囲気の美人さんといったところ。急いで来たのか燃えるような赤髪は少し乱れており、耳に掛け直す仕草がとてもせくすぃだ。


「超美人きちゃーー」

「うわぁ年上おねぇさんだぁ」

「分からんぜよ、白人は年いっちょるように見えるき、同い年かもしれんで」

「激アツじゃん」


 西村騒動で勇者の世話係から外されたらしいマリー王女とは系統の違う美人さんの登場に四人組含めB組の面々が浮足立つ。ただケートよ、思わず賛同してしまったがその言い方は少々拙い、誤解を生む。


「さて、あなた方が私のことを知らないように私自身もあなた方のことを良く知らない。だから一人一人名前を聞きたいと思ったのだが…今私に対して歳がいってると誰か言わなかったか?」


 案の定ケートの声が聞こえてしまったイザベルさんは整った顔を少し顰めて犯人探しを始めた。俺は関係ないとばかりにケート含め全員が押し黙る。せこい。


「行ってこい土佐男児」

「ドーンだYOぅ」


 土佐男児としてそりゃないだろ、と俺とキムの二人で背中を思い切り押してやるとバランスを崩したケートが一人、彼女の前に放り出された。


「おまんら裏切ったがか…?」


 振り返った目が真ん丸に見開かれている。が、裏切ったも何もないと言わせていただきたい。流石の俺たちでも女性相手にそれは悪手だと分かる。今のはお前が悪い。


「お、貴方が言ったのか?」

「っ、おれはそんな風には言うちょらん!」

「じゃあなんと言ったんだ、是非とも聞きたい」

「ぅぇ、それは…」

「私はよく女らしくないと言われるし、自覚もしている。しかし乙女心くらいは持っている。その乙女心が傷ついたのだ、どうしてくれる、ん?」


 しかし俺はやつを送り出したことに少し後悔した。怒ったと思われた美人さんの顔が愉し気になっていることに気付いてしまったから。美人から揶揄われるなんて羨ましいぞこの野郎。ただケイはそのことに気付かず顔を赤らめどもっている。


「すまんッ」

「おや、では乙女に対して非礼を働いたと言うのか」

「いや、おれはその、同い年に見えんくらい大人っぽう見えてだな…」

「……」

「ぅ……」

「ふ、ふはは、あははは!」


 そんなケートの反応がお気に召したのかイザベルさんは腹を抱えて大笑いし始めた。トゥンク。十五人の男たちが恋に落ちたと錯覚する。高嶺の花だと思っていたあの子は実は普通の女の子で…そんな感じ。端的に言うと大好きです。


「え、え…?」

「はぁ…あぁすまない、どうも可愛くてつい揶揄ってしまった」

「おれが可愛いじゃと…」

「ん、気に障ったのなら謝ろうか」

「…いや、せんでえぇ、別に悪い気はせんけんど」

「そうかそれは良かった」


 無事和解し見つめ合う二人。ケートは更に顔を赤らめ茹蛸のようになっている。ギルティ。残念だ、残念だよ。お前は今この瞬間から俺たちの恋敵になった。友達だと思っていたのに。


「誤魔化さないでくれイザベルさん。あの時、星耀の間で西村の身に何が起きたのかを俺たちに説明してほしい」


 するとそこにクラスきっての陽キャ鳴瀬が踏み込んでいった。よし、よくやったと思いつつも彼の言葉に我に返る。そうだ西村はどうしたと。美人に夢中になっている場合ではなかったのだ。


「西村に持病があるかどうかは知らない。けどあの苦しみ方はそういう類じゃないことぐらいは分かる、普通じゃなかった。そして強制的に召喚したのも覚醒を強要したのもあんたら王国だ。右も左も分からない俺たちを納得させろとは言わない。でも少なくとも現状を事細かに知る権利が俺たちにはある、伝える義務があんたらにはある」


 西村は俺の一つ前だった。鳴瀬の言うようにあの苦しみ方は普通じゃない。あれが西村ではなく俺の身に起きる可能性もあったと考えると冷や汗が浮かぶ。


「男子校生にあの笑顔は眩し過ぎる」

「あれで二人の時は甘えたがりとかだと最高ですなぁ」

「救われたね」


 危なかった、油断も隙もあったもんじゃない。残された三人でお互いに声を掛け合い正気を確かめ合う。彼女にその気があろうとなかろうと今は鼻を伸ばしている場合ではないのだ。


 しかし我らは男子校生。絆されてしまう奴も当然にいた。


「鳴瀬、その言い方はないだろ。イザベルさんはあの場にいなかったんだから怒りの矛先を向けるべきじゃない」


 サラサラとした髪で目元が隠れている男子が鳴瀬の目の前に歩み出て突っ掛かる。彼の名前は林雄介。人畜無害という言葉が似合う、クラスでは大人しく立ち回っていた人物だ。彼曰く事件の当事者でない彼女を責め立てるのは違うらしい。


「林、お前は今の状況分かっていて言っているのか?」

「あぁもちろんさ。そのうえで言っているんだ、詰め寄る先は彼女じゃなくて周りを取り囲んでいる兵士だ。彼らは現場にいたからね」

「いや、どう考えても詰め寄る先はそこにいる彼女の方だろ。混乱する勇者を手懐ける役回りの令嬢とただその周りを固めるだけの一兵卒。どちらがより重要な情報を持っているか考えるまでもない」


 しかしここにいる大半は林ではなく鳴瀬の意見に頷いていた。言葉には出さないが皆視線で問い掛ける。西村はどうなった、俺たちはこれからどうなる…と。


 まぁでも責められている女の子を救いたい、あわよくば自分がその子の救世主に、という林の気持ちも分かる。しかし西村が倒れた今、明日は我が身。


「…それでも女の子に対しては紳士であるべきだ。男が」


 そのことに気付かされたのだろう。しかし理解は出来ても納得は出来なかった。林が拳を握り締め下を向く。


「なぁ林」

「なんだよ…九条」


 その肩に後ろから手が添えられた。その手は鳴瀬と仲の良い九条弘樹のものだった。


「俺たちはお前が間違えているなんて一言も言ってねぇし、気持ちもわかる。あんな美人に寄って集ってなぁ、男らしくねぇよなぁ」

「あぁそうだ、だから僕はっ」


 感情的になっている林の肩をがっちり掴み顔を覗き込む。


「――でもさぁ、それ以上に今は仲間内で揉めてる場合じゃねぇんだよ。分かるか?ここは地球じゃねぇ、異世界なんだよ。俺たちを守ってくれる大人はいねんだ。自分の身は自分で守らなきゃいけねぇだ」

「……」

「なぁ林、お前は今さっき会ったばかりの赤の他人と俺たちB組のダチ、どっちが信用できる、どっちが大事だ?」

「…みんなだ」


 理屈でダメなら情に訴えかけるまで。そうやって九条は林を落ち着かせることに成功した。イザベルさんに心が傾いていた奴も彼の言葉が効いたのか正気を取り戻す。


「敵味方の区別がこれでついたな」

「よし、後は任せたである鳴瀬氏ぃ」

「僕たち何もしてないね」

「「それな」」


 やはり俺たちに必要なのは話し合う時間だ。状況が落ち着いたらみんなに提案しよう。集団の内側でぼそぼそ三人で喋りながら俺はそう思った。これ以上動かないとなると、なんか、ねぇ…いる意味あるの?ってなるじゃん。


「西村がどうなったのか、そして俺たちはこれからどうなるのか。話してもらえますかね?」


 決意を新たに再び視線を前に戻すと九条のほかにも戸塚や長谷川といった鳴瀬と同じクラスの中心メンバーが揃い踏みしていた。どいつもこいつもスポーツマンなので背が高く体格もいいから威圧感がまぁまぁある。


「あぁ、もとよりそのつもりだ。そのために私はここにいる」


 しかしそんな彼らを目の前にしてもイザベルさんは臆することなく笑顔を浮かべたままだった。寧ろ近くでいつでも動けるようにと臨戦態勢の兵士に睨まれている鳴瀬たちの腰が引けている。


「…じゃあまずは西村について聞かせてくれ。あいつは今生きているのか?」


 それでも勇気を振り絞り、鳴瀬たちは質問を始めた。




 ◇◇◇




 場所は地下一階、ひんやりとした空気が漂う囚人用集中治療室。厚い石壁に囲まれほのかな灯りがかすかに揺れる薄暗い部屋。冷たい床と壁は無機質で命の温もりを拒絶するかのように冷え切っている。


 そこに西村はいた。


 だが五体満足の健康体とは程遠い。彼は寝台に横たわり頑丈な革製の拘束具でしっかりと固定されたまま生きていた。


 否、生かされていた。


「ぐぅぁああああ!あああッ!いでぇぇよおお!」


 星爛の間で一度は意識を失い、あの耐え難い苦痛から逃れることができたがそれはほんの一瞬だった。痛みはさらに激しさを増し、意識を失うことさえ許されぬまま現在に至る。あまりの激痛に「お願いだから殺してくれ」と何度も願ったが何度も無視された。


 自分はどうしてこのような仕打ちを受けなければならないのか。日常を奪われ、自由を奪われ、人としての尊厳さえ奪われた。


 どうやら、自分は勇者から一転、実験動物に成り下がってしまったようだ――。


 ≪名前≫西村 健にしむら たけし

 ≪年齢≫16

 ≪種族≫半人半魔

 ≪職業≫勇者

 ≪称号≫

 【魔族最後の希望を宿す者】

 魔王の資質を持ち生物の限界に挑む者


 ≪固有能力≫

 【魔族化】

 時間経過とともに存在が人から魔へ変態していく。ただし魔へ近づくごとに聖への耐性が弱くなり、魔への耐性が強くなる。

 【人族回帰】

 魔力を消費することによって一時的に人族に化ける。

 【滅人の義務】

 人族に対して無類の強さを誇る。ただし聖弱体質になる。

 【暗黒属性魔法】

 人族に対して無類の強さを誇る魔法。


 ≪恒常能力≫

 異世界言語Ⅴ(職業)

 耐聖減少∝(最大Ⅵ)

 耐魔上昇∝(最大Ⅵ)



 ――それもこれも全部、覚醒によって手に入れた力のせいだ。


 この情報は他の誰にも話していない。医者のような人物に何度も聞かれたがすべて無視してやった。言えるはずがない。自分が何のために拉致召喚されたかを知っている西村が話せるわけがなかった。


 勇者というのは魔族を討つ英雄ではなかったのか。勇者が魔族になってどうする。


「なんでだよ…どうして俺なんだ!」


 何よりどうして自分なのだろう。あの場には四十人もの勇者がいた。しかし苦しんでいるのは自分一人だけ。今頃クラスメイトたちは一人欠けたことなど忘れて、美少女に鼻を伸ばしているに違いない。


 不自由な身体を動かせない今、叫ばずにはいられなかった。


「許せない、許せない、許せない!」


 痛みと怒りを声に変えて、西村はこの世の理不尽を叫ぶ。誰でもいい。誰でもいいから、この不幸を聞いてくれ。願わくば、理解してほしかった。


 そしてその想いは届いた。


「許せないですよねぇ~、分かります分かります。私も許せないんですよぉ~…―――魔族が」


 悪魔に。

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