3.え、まじ?
「わたくしの後に続きどうぞこちらへ」
王女様にそう言われて俺たちは力なく立ち上がる。既に穂先は下げられており命の危機を直に感じることはないが、周りは武装した王国兵士と思われる人間で固められたままで、誰一人として文句を言わず彼女の背中を追った。
「口調はあれだが、どう見ても強制連行だよな、これ」
「警察が言う任意って、こじゃんことやないか?」
『あ~』
「そこ、私語は慎んでいただきたい」
向かう途中で気付いたのだが王国側は俺たち勇者を直接害するつもりはないらしい。怒られはしたものの目的地に着くころにはクラスの大半が落ち着きを取り戻していた。
「皆さま、こちらが勇者覚醒を行う『星耀の間』となっております」
召喚された広間を抜けてから徒歩で五分。足を止めたマリー王女が振り返り告げる。星耀の間――そこはまるで星空をそのまま詰め込んだかのような空間だった。
「わお、ファンタジー」
「ぉほっ」
「こりゃぁ、びっくりしたぜよ」
「うわぁ、すごい。漫画に使えそう」
野郎どもが乙女のような溜息を漏らし、ロマンチックな気持ちにさせるとは最高に綺麗で気色悪い。
「勇者として覚醒していただく前に、わたくしからお願いがございます」
ざわつく俺たちにマリー王女が静かに言った。美少女にお願いがあると言われて、聞かない野郎などここにはいない。お喋りをすぐに止め、四十人全員が星の光に照らされ神秘を放つ彼女を見つめる。
「古文書によれば、異界より召喚された勇者の皆様は例外なく『称号』とそれに見合った『固有能力』を備えていると記されています。こちらにある祭壇に上がったその時、身に宿る大いなる可能性を自覚されるはずです。しかし皆様はその存在を知ることはできても、使い方を知らない。不安でしょう、恐ろしいでしょう。身に覚えのない力なのですから当然です」
一呼吸を置いた彼女は上目遣いで告げる。
願うように、縋るように。
「わたくしを頼ってください。あなたの力になることを約束します。称号と固有能力について共に考え、磨き、巨悪の根源たる魔王を討ちましょう」
マリー王女の表情は真剣そのものだった。が、どうも胡散臭く感じて、つい目を細めてしまう。隣を見ると、キム、ケート、オータニの三人も同じような反応だった。そりゃそうだろう。先ほどはザ・支配者階級といった上品な横暴さを見せつけられたのだ。いきなり年相応な女の子になられても、ねぇ?
「まどろっこしいこと言わんと、はっきり言うたらえぇがや」
「要するに勇者として力を王国に開示しろ、と」
「拙者たちを管理する気満々でありますなぁ」
「絵に描いたようなテンプレだねぇ」
先ほどから情けない姿を晒しているが、俺たちB組の中に馬鹿はいても能無しはいない。黙って王国の操り人形になるお利口さんはいないのだ。
「なぁどうする?」
「俺も仲間に入れてくれよ」
「これ罠っしょ」
「あざと過ぎワロタ」
これから自分はどう立ち回るべきか、近くにいる仲の良い者同士で相談し始めた。渾身のおねだりを決めたマリー王女を無視して。
「では早速始めていきたいと思いますので…そうですね、飯田様からどうぞ」
しかしマリー王女は気にする素振りも見せず、見せつけるように優雅な動作で集団に近づくと飯田に手を差し伸べた。
「え、ぁは、どうすっかなぁ」
「お願いします、飯田様っ」
「え、ふ、マリーちゃんの頼みなら仕方ねぇなぁ」
飯田陥落。言葉とは裏腹にノータイムで王女の手を取った奴は鼻の下を伸ばして祭壇へと上がっていった。その光景は疑いを嫉妬と羨望に変える。
「僕、ハニートラップを生で見るの初めてかも」
「ハニトラではなくね?」
「実際のとこ、ハニトラやないか」
「ですな」
俺たち四人も口ではこう言っているが結構飯田のことを羨ましく思っていたりする。そして同じくらいに御愁傷様とも思っていた。あれをやられてしまったが最後、頭では分かっていても心と下半身は正直だ。飯田はこれから美少女の掌の上で踊り続けるだろう。男子校生とは、男とはそういう生き物だから。
「あいつらはもう手遅れだな」
「可哀そうに」
「女の子、こじゃんと怖いちや」
「んだんだ」
実際、飯田のほかには水島、田中の二人が俺も俺もと勝手に祭壇へ向かった末に兵士に羽交い絞めにされていた。恋はああも人を盲目にさせるか。恐ろしいものである。ただ三人の尊い犠牲のお陰で、一歩引いて見ていたクラスの三分の二ほどは警戒心を持って儀式に臨めそうだ。
「自分の前に一列になって並んでください」
「そこ押さないで、最初も最後も変わりませんから」
「しっかりと皆さんに順番は回ってきますよ」
勇者覚醒は緊張感に包まれながらも順調に進んでいった。王国兵士が作らせた列に並び自分の順番を待つ。最初も嫌だが最後もまた嫌なので俺たちは俺、オータニ、キム、ケートの順で二十五番から二十八番目の位置を取った。
測定が終わった者はこの場に留まることなく何処かへ連れていかれ、段々と人が少なくなっていく。
「次の方どうぞ」
そしてついに。マリー王女に手を取られ、二十四番目の西村が祭壇へ連れて行かれると、俺の前が空いた。次である。しかし問題はそこで起きた。
「うがッあッだッおあああぁぁぁぁあああ!」
祭壇上にいる西村が突如激痛を訴え叫び始めたのだ。戸惑いの声がそこかしこから上がる星耀の間。犯人は明白。随分堂々とやるものだと、俺だけでなく残っていた全員が西村の隣に立つマリー王女を見やる。
「え、何ですの、いきなり…!」
しかし彼女もまた俺たち同様にこの事態に驚くだけで理解できていないようだった。
「殿下ッ、お下がりください!」
「その者を急ぎ医務室に運び込め!」
激痛に耐えられなくなったのか、意識を手放し地面に横たわる西村が兵士に担ぎ運ばれていく。それを俺たちB組の面々は棒立ちで見送るしかなかった。
◇◇◇
時を同じくして場所は少し上に移る。
「…あら、あら、あらららら?」
星耀の
「少し多めに放出されましたかねぇ…?」
常人であれば見逃してしまうような小さな誤差。周囲の研究員たちは誰一人として違和感を感じていない。しかし彼だけはその微かな変動を見逃さなかった。階下で倒れている少年が覚醒した瞬間、予定していた水位がわずかに下がったことを。
「うん、やはり。一年分多く減りましたねぇ…!」
近くにある紙に計算式を殴り書きし、導き出した数字から確信を得た。
「ということはだ。下で倒れている少年は、お漏らしして苦しんでいるのかな?」
階下では激痛に痙攣する少年。
予想をわずかに下回った水位。
勇者が倒れるという誰も予想していなかった事態が室内に混乱を招き入れた。忙しなく人が動き回る中で彼はただ一人、立ち止まり思考を巡らせる。
「たった一年分のお漏らしで、あそこまで苦しむのか。他にもっと大きな理由があるのかもしれない…苦しむ、痛い、苦しむ、痛い、苦しむ……――あぁ」
そして彼は一つの可能性に思い至った。
「君、結界の状態を調べて来てくれますか?」
近くを通り過ぎようとしていた研究員の腕を掴み尋ねる。
「あ~…っと自分、今は忙しい振りするのに忙しいんです」
「そうですか…では調べてきなさい、今すぐに。これは王命です――。」
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