2.権力には勝てん


 発光が次第に収まり辺りが見えてくると一層謎が深まった。誰かが「ここはどこだ」と呟く。全くもって同感だ。


 見渡す限り金、白、赤の三色を中心に彩られた空間が広がっている。見上げれば木製の梁が露出した天井。足元には深紅のカーペットがどこまでも続いていた。


 そのカーペットの先に一つの豪奢な椅子とそこに腰掛けこちらを鋭く見つめる老人の姿があった。


「おいあれ、偉そうな爺さんがいるぞ」

「偉そうも何もあれは絶対に偉いですぞ、間違いなく」


 少しばかりウェーブのかかったくすんだ金色の長髪、真っ青な瞳。顔には深い皺が刻まれ頭頂部にはシャンデリアの光を受けて輝く宝石が数々乗せられている。


 口に出さずとも二年B組のクラスメイト全員が心の中で思っているだろう。王様だと。見た目だけではない。その老人からは王たる者の威厳が溢れ出ていた。


「どうなっちゅうが、これ?」

「僕が聞きたいよぉ」


 突然の光、浮世離れした見知らぬ場所、そして王者の覇気を放つ老人。すべてが現実離れしていて俺たちはただ呆然とするほか何もできなかった。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。何分、何十分と経ったのかもしれないし実際は数秒しか経っていないのかもしれない。そんな長く感じられる静寂を破ったのは久しく耳にしていなかった若い女性の声だった。


「ようこそお越しくださいました、勇者様方。ベルテール王国一同、心より歓迎申し上げます」


 生の若い女性の声。それだけで我々男子校生は色めき立つ。それが十人中十人が可愛いと思う同年代の美少女の口から出たのであればなおさらだ。


 彼の老人が王であるならば彼女は王女だろう。少し色は違うが同じ金色のウェーブがかった長髪、瞳の色は全く同じだ。心なしか顔立ちも似ている気がする。


「……」

「……」

「……」

「…あら、こちらの言葉が伝わっていないのでしょうか。古文書によれば勇者様方は世界の狭間を渡る際に自然とこちらの言語が身につくとされているのですが…」


 そんな血の繋がりに感心している場合ではない。あまりにも同年代の女の子との接点が少なすぎて、誰一人として返事をしない。彼女が話す言葉の意味は理解できるし何となく現状を把握し始めている。


 そう、知っている。以前オータニが描いていた漫画が確かクラス異世界転移というジャンルのものだったからだ。


 だが話せるかどうかは別問題だ。恥ずかしいのだ。だから芋臭く男臭い野郎どもがもじもじと身を捩り寄せ合い「お前がいけよぉ」「いや、お前が行けよぉ」などとニヤニヤしながら小突き合う。王女様を困らせてしまい話が一向に進まない。


「王女さん困ってるじゃん、早くいけよキム」

「いやでありますよ。こういう時こその土佐男児では?」

「土佐の男は男らし過ぎて女の子を怖がらせてしまうき、おまんが行けオータニ」

「それこそ相手を困らせてしまう。僕、大男だよ?怖いよ?」


 もちろん俺たちも他の奴らと同じで、危険を冒すことなく女の子がいる空間を楽しむチキンだ。中にはわざと大きな声を上げて王女様の気を引こうとする野郎もいるが当然気に留められることもない。


 彼女は近づいてきた神経質そうな細身の男性にあれこれと不満げに言っていた。


「これはどういうことですかルナール卿、古文書の解析は完璧であると仰っていましたよね?」

「申し訳ございませんマリー王女殿下。何分、勇者召喚に関しては召喚陣以外、未だ謎が多く不明瞭な部分が多いのです。ただ古文書によれば過去二度にわたり言語に関する記述があったのは確かな事実でございます」

「たった二度だけで断定できるの? 三度目は違う可能性だってあるでしょうに」

「…もう一度お声掛けなさってみてください。彼らも急なことで気が動転しているのでしょう」


 そう言ってルナール卿は再びこちらを睨みつける。お前たちのせいで私が叱られたじゃないか、と。その視線を遮るかのようにしてマリー王女が再び野郎どもの前まで歩み出てきた。今度はより近くで、聞こえないなどと言わせない距離でにっこりと微笑む。こちらも切り替えが素早い。


「分かりましたわ…んん……勇者様方、ご機嫌麗しゅう。わたくしはここベルテール王国の第三王女、マリー・ベルテールと申します」

「「「へぇ~マリーさんって言うんだぁ、可愛い~」」」

「…今度はお耳に届いたようで良かったですわぁ」


(おい馬鹿お前ら。それじゃ俺たちがついさっき王女様をフル無視していたことがバレるだろうが)


 しかし偶然声がハモった三人はガヤガヤと騒いでいるだけで王女殿下の笑顔が引きつっていることに気付いていないようだ。ならばこのまま三人を俺たちの盾にしてしまおう。なぁ、飯田、水島、田中。


「三人はねぇだろって」

「それな、奇跡じゃん」

「えぐいてぇ」


 俺たちは後退りならぬ尻退りを二尻分して三人との間に空間を作った。そこには確かにウォールマリアが存在していた。駄目だ、こいつら止まらないし、全然気付いてもいない。…放棄します!


「ふふ、わたくし勇者様方のお名前からお聞きしたいです」


 そして王女殿下とルナール卿による質問の波状攻撃が始まった。




 ◇◇◇




 三十分後。


「なるほど、皆さまは地球という星にある島国――日本からお越しになったのですね。そして都にある格式高い学府の二年次に在籍なされている皆さまは授業中に突如転移陣が現れ、こうしてベルテール国へ勇者として召喚された。


 皆さまが今着用されているお召し物には、ポリエステルというカガク技術の結晶が使用されているため我が国での生産は難しい。


 スマートフォンというものは摩訶不思議ですね。これもカガク技術の結晶なのですね。カメラという機能は残念ながら我が国の魔導技術では再現が難しいようですが、デンワのような機能であれば再現できるかもしれません。遠方のお方と時間差なく連絡を取り合えるというのは勇者様方がお考えになっている以上に価値のあるものなのですよ。


 もちろんこの技術は魔王討伐に大いに役立てさせていただきます。飯田様、水島様、田中様、魔王討伐の件、どうぞよろしくお願い致しますね?」


 飯田、水島、田中の三人は聞かれたことすべてに素直に答え、情報を搾り取られてしまったとさ。


「おう、任せてくれよ、お姫様」

「姫のためなら、俺、魔王だって倒せちゃいそうだよ」

「でさ、もし俺たちが無事に魔王を討伐できたらさ…俺と」


 その上、クラスメイト残り三十七名に確認も取らず、魔王討伐の約束まで勝手に頷きやがった。というか田中、お前何ちゃっかり結婚の約束を取り付けようとしてるんだ?段階を飛ばしすぎだろう。


「キモいな」

「見てられませんな」

「ただ、気持ちは分からんでもない」

「誠に遺憾であります」


 まぁでも、こんな美少女に我が国日本、我が星地球を褒められたので正直気分は悪くない。話した内容がこちらの文明にとってオーバーテクノロジーすぎる気はするがこの際許そう。


 しかし、そこに俺たち自身の命が関わってくると話は別だ。魔王討伐?てめぇらでやれよ、異世界人を巻き込むな。


「おい、待てよ飯田、水島、田中。お前ら三人だけで何勝手に俺たちの未来を決めてるんだ、なぁ?」


 …と、クラスきっての陽キャ、鳴瀬智也くんが申しております。

 え、そう思ってるならお前が言え?言えるかぁこんな可愛い女の子に。こっちはなぁ嫌われたくねぇんだよ。そもそも三十分経ってようやく美少女がいる場に慣れてきたんだ。言わないんじゃない、言いたくても言えないんだ。


「そうだぜ、お前ら何勝手に決めてんだよ」

「魔王討伐?それって自分たちの世界の話だろ、俺たちには関係ねぇだろ!」

「さっさと家に戻してくれよ、なぁ!」


 そうこうしているうちに鳴瀬につられて声を出す奴らが増えてきた。俺たち四人は創作物の知識が故か、この後の展開が何となく予測できたので声を出すことなく身を寄せ合い、集団の中心地に尻モジで移動する。俺たち以外にも同じように動く影が見えてお互いに目線で「だよね~」と苦笑い。


 その間にもB組の反抗は大きくなり、ついに一人が集団からはみ出し、マリー王女の方へ一歩近づいた。瞬間、突如向けられた夥しい数の穂先。全身武装の兵士たちが殺気立っている。


「えっ、あっ、ちょっ」

「…まじ?」


 暴徒と化す寸前だった野郎どもは息を詰まらせ、両手を上げて降参のポーズを見せる。そして俺たちのような小心者は集団の中心で息を潜め丸まっていた。


 荘厳な声が広間に響き渡る。


「終わったか、マリー」

「はい陛下。勇者様方は魔王討伐に参戦してくださるそうです」

「そうか、大儀である」


「「「……」」」


「大儀である――。」


 直後、


「うぉっ…」

「なんだこれッ…」

「クソッ、身体が勝手に」

「重てぇ…!」


 国王陛下が同じ言葉を二度繰り返したと同時に、俺たちは強制的に地面を嘗めさせられる態勢を取らされた。眼に見えない何かが身体に圧し掛かり、立っていた者は膝から崩れ落ち、もともと丸まっていた俺たちは勢いよく地面に頭をぶつけた。


「マリー、速やかに勇者の覚醒を済ませ報告せよ」

「はい、陛下」


 その言葉を最後に国王は広間から退場し、謎の圧力が解けて元通りになった。しかし誰もすぐには立ち上がれなかった。そんな俺たちのもとへマリー王女がやってきて三度目の笑みを浮かべる。


「さぁ勇者様方、お疲れのところ申し訳ないのですが、ただ今から勇者としての力を覚醒していただきます。わたくしの後に続き、どうぞこちらへ」


 俺たちの間にあった浮ついた空気はもう完全に消え去っていた。

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