男子校勇者

海堂金太郎

勇者召喚

1.逃げんな教師

「おっはよ~さ~んっと…あれ、今日みんな早いじゃん」

「うぃ~」

「おぅ」

「おは」


 部活勢が朝練に励む時間帯。一限に英単語の小テストがあるからといつもより早く登校すると、いつものメンバーがすでに教室に揃っていた。世界一適当な挨拶をしながら背伸びし、深呼吸をする。


(臭っ)


 うん、季節はもう秋だというのに我らが学び舎『私立雲千高校』は芋臭く男臭い。まぁ仕方ないか。ここは男子校なのだから。


「汗くせ~どっから匂ってんのかね」

「部活勢の机からなのでは?あの者たち、汗だくの制服を教室に置きっぱである。…いや待て、これは陰獣の香りかもしれぬ!」


 誰に答えを求めるわけでもなく、思ったことを口に出すと、キムが反応し吠えた。そしてシス単から逸らした眼を周辺の机、その上にぐちゃぁッと広がる制服の数々に向け睨みつける。キム曰く自分は性の伝道師らしい。陰獣はお前だ。


 睨みつける視線の先、朝練で今ここにはいない生徒の机に近づくと案の定、獣臭と酸っぱさが混じった青春の香りが鼻を突いた。くせぇ。


「うわ確定。てか朝一でこんなに匂うものかね」

「洗濯しても落ちんかった匂いが、朝走った汗に反応したがやないか?」


 また誰に答えを求めるわけでもなく、思ったことを口に出すと今度はこってこての土佐弁でケート圭人が答えた。ちなみにこいつは生まれも育ちも東京、親戚も皆関東在住なので高知とは縁も所縁もない。ただ苗字が坂本ってだけで坂本龍馬に憧れ、土佐弁を喋るようになった変わり者である。


「え、汗の匂いって洗濯で落ちないことなんてあるのかい?」


 その変わり者の声に反応したのがオータニ。心優しき巨人。彼の机の上にはシス単ではなくスケッチブックが開かれており、一面に漫画らしきものが描かれていた。


「あるよ、中バスの時に使ってたシャカTが臭くて着れなくなった」

「へぇ~スポーツマンあるあるなのかなぁ」

「ぬ~ん、ありますなぁ」

「あれ、キムって中学のとき部活やってたんだっけ?」

「ラジオ部である」

「それじゃ汗かくわけねぇだろ」

「代わりにマスをかいてましたな」

「うぁ気持ちわりぃねぇ」


 どうでもよくて少し気持ちの悪い男子校生らしい会話。しかしこれが結構楽しい。話題は広がりどんどん勉強から逸れていく。そのことに気付き、こりゃ拙いと勉強を始めると周りが騒がしくなってきた。他のクラスメイト達が登校してきたのだ。


「うわミスった、喋り過ぎた。小テストやばい」

「毎週聞いているであるな、その言葉」

「ブーメランっちゅうが知っちゅうか?」

「拙者はちゃんと集中していたからノープロブレムである」


 お前もなとケートに煽られたキムがドヤ顔を決める。ダウト。


「それ中身シス単じゃなくてエロ本だろ」

「…っ何故にバレた!」


 キムが真剣な顔で本を眺めてるときは、決まってその中身はエロ本だからな。バレないようにと定期的にカバーを換えているのが実に小賢しい。前回は野口英世の伝記だったか。野口先生に謝れや。


「それでは十分間で解くように、テストはじめっ!」


 結局勉強できなかった俺にも謝ってくれや。早朝の調子で四人仲良く喋ってたらホームルーム終わってテスト始まっちゃったじゃん。ほぼノー勉だよ。


 出題範囲は五十単語で実際に出てくるのは二十単語、一問一点の二十点満点で、十五点以下が追試。追試は昼休みが丸々潰れるから赤点はなるべく避けたい。断片的な記憶と直感を頼りに解答欄を埋めていく。


「…うそん」


 解答用紙を覗かないように、チラリと横目でキムを見るとスラスラと解いていた。なんでやねん。あれで俺たち四人組の中で一番成績が良いからあいつは面白いし腹が立つんだよなぁ。


 残り時間は一分。クラスの大半は解き終えたようで、俺を含む数人が悪足掻きする音がカツカツと教室中に響く。そして残り十秒、なんとか無事書き終えることが出来た。少しの達成感と共に神様お願いしますと顔を上げる。


 ちょうどその瞬間、教室の床が眩いばかりに光り出した。


「え、なになにッ!?」

「どっきりかぁ?」

「魔法陣ぽくね?」

「これって小テスト中止ですよね!」


 教室中の至る所から大声が上がり出す。教卓の方を見ると先ほどまで寝落ちしそうだった先生が眼を見開いて驚いているのが見えた。かと思えばいきなり立ち上がり教室の扉へと走り出す。そして振り向きざまに一言。


「俺は一旦職員室に戻って状況を確認してくるから、お前らは大人しく待っとけ!」

『あ、逃げた』


 オータニと俺の声が重なった次の瞬間、さらに強くなった光に俺たち二年B組の生徒たちは呑み込まれた。




 ◇◇◇




 ベルテール城――『豊穣の間』。

 深紅のカーペットが広がる荘厳な広間。その最奥に王座が据えられ、国王はそこに深々と腰を掛けていた。王女は国王の隣に立ち、凛とした姿勢でその時を待っている。広間を取り囲むように護衛の兵士たちが静かに控えその緊張感を共有していた。


 国王は玉座から前方を見据え重々しい声で言葉を紡ぐ。


「これより先、王国は建国以来の最盛期を迎える。後年の歴史書にはこの場に集うすべての者の名が刻まれるだろう」


 その言葉は広間全体に響き渡り、集まった者たちの胸に深く刻まれる。王女は国王の言葉にそっと頷き決意を新たにする。


「今日この瞬間ときのために祖先が三百年にわたり蓄え、守り続けてきたものを今ここに捧げよう。三百年の重み…その言葉の意味を理解せぬ者はおるまい」


 広間は静寂に包まれ全員がその瞬間を待ち構えていた。国王の言葉の重みが一人一人の心に響き渡る中、次の言葉が告げられるのを誰もが息を呑んで待っている。


 国王は玉座に深く腰掛けたまま、静かに、しかし力強く告げた。


「勇者、召喚――。」

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