第7話 新しい友人

 「ATオートマ限定免許の限定解除なんて、それほど難しいモンじゃ無いだろう」と北岡は言っていた。だが、実際に教習所で限定解除のための教習を受け始めると、みどりは焦りといらだちを感じずにはいられなかった。


 既に自動車の運転免許証を持っているので、学科教習が免除になるところは良かった。実技教習に入るための適正検査も、それほど大きな問題もなかった。


 だが、いざ実技教習に入ってみると、指導員からは「乗車時に後方確認をしていない」だの「ハンドルの送り方がよくない」だの「目視確認を怠っている」だのと、様々な指摘が飛んでくる。日頃あまり車を運転する機会がなかったということもあったが、そもそも教習所における車の運転の「作法」をほとんど忘れていた。


 はじめての「3ペダル」にも、多少の混乱はあった。一番最初の実技教習ではエンジンストールエンストを二度ほど経験したが、クラッチの操作そのものはそれほど難しいものではないとも思った。


 しかし、ちょくちょく飛んでくる指導員からの指摘に焦り始めると、手と足の操作すら危うくなってしまう。教習が始まってすぐには問題がなくても、時間が経過するとともにクラッチやギアシフトの操作が怪しくなってくる。そんな様子を見かねたのか、3時限目の途中で指導員からは「このままだと卒業できない」などと言われてしまう始末。


 半クラッチを使用しての坂道発進にも苦労した。指導員が言うには「半クラッチになっているかどうかはエンジンの音で分かる」らしいのだが、正直なところ良く分からない。日頃からMTマニュアル車に乗っている父にコツを聞いてみても、返ってきた答えは「そんなもの、感覚でやっているから説明のしようがない」の一言で、全くあてにはならなかった。


 「何でわざわざこんな苦労をしているんだろうか」と思うこともあったが、そんな時にはもうすぐ自分のものになる緑色の宝石のようなクルマを思い出した。あのクルマを自分のものにするために必要なことだから、泣きそうな思いをしても何とか踏みとどまることが出来ていた。


 そしてもう一つ、翠が辛い教習に耐えられたのは「仲間」の存在だった。


 ちょうど同じ時期に教習所へAT限定解除の教習を受けに来た、年若い女の子。名前は確か、八島やしま千咲ちさきといったか。女性にしてはやや背が高く、ショートカットの髪を明るい茶色に染めた、地味な翠とは全く正反対のタイプの人物だったが、一生懸命に教習へ取り組む姿は翠の目から見て、何だかとても格好良く見えた。


 1時限目の実技教習が終わった時、相手の方から声を掛けられ話をする機会があった。何故AT限定解除の教習を受けに来たのかと尋ねられて「どうしても乗りたい、好きになったクルマがあったから」と答えたら、千咲は白い歯をニッと見せて笑った。


「良いね、そういうの。アタシ嫌いじゃ無いよ」


 話の流れで千咲が教習を受けに来た理由を聞き返すと、返ってきた答えは「モータースポーツをやりたくなったから」というものだった。臨時のアルバイトでキャンペーンガールキャンギャルの仕事をした際に、レース車両を目にする機会を得て、自分でもを運転をしてみたくなったという。


 そんな会話をきっかけに、教習所で会えば千咲と話をするようにもなった。また、千咲はどちらかと言えば世話焼きなタイプのようで、実技教習で悩む翠の良き相談相手にもなってくれていた。同じ時期に同じように教習を受けているから、お互いの悩みを共有しやすかったということもあったのだろう。


 そのおかげもあってか、翠は卒業検定にも無事合格し、補習を受けることもなくAT限定解除の運転免許証を取得することが出来た。そしてその頃には千咲とLineのアドレス交換などもして、新しい友人を一人得ることも出来た。

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