第56話 夏休み
互いの情報を交換し、明日も約束をして、小熊と南海はハンバーガーショップで充実した時間を過ごした。
食べたのはハンバーガーひとつだけだったが、腹じゃなく胸が満たされた気がした。
二人の間のもう終わりという感じの空気が流れたので、小熊はテーブルの上にあるスマホを上着の内ポケットに仕舞った。
小熊は高校時代にも山梨のファミレスやドーナツショップで、同級生の礼子や椎、下級生の慧海や史、バイト先の浮谷社長やバイク便仲間とこんな時間を過ごした。
それももう過去の話。今は皆遠くに住み、生活基盤の違う暮らしをしている。会いたい時には事前に会う約束をして会う事もあるが、もう同じ世界の中を走る人間ではない。
南海も再来年になるという大学進学後は、そうなるのかと思うと小熊は少し寂しくなった。
南海もカーディガンの胸ポケットに自分のスマホを収めたが、お互い席を立つのを躊躇していた。
小熊は何も言えなかった。こういう時になんて言えばいいのかわからない。竹千代なら用が終われば即座に席を立ち、軽バンに乗って帰っているだろう。葦裳社長のように自分が感覚的に思った事を何一つ隠さず「寂しい」なんて言えるはずない。
小熊はそういう弱みを南海に見せたくないと思った。南海がイメージしているであろう姿を守りたい。嫌われたくない。要するに、つまらない考え事が多すぎて口が動かない。
南海は丁寧に畳んだハンバーガーの包み紙をトレイに置き、そのまま小熊のトレイに重ねた。そして小熊に言った。
「もう帰っちゃうんですか?」
小熊の中に居座る迷いが溶けていくのがわかった。
一緒に居たいから一緒に居る。それを行うのに何の躊躇もする必要など無い。自由であるためにバイクに乗り、二人にはカブがある。
小熊は立ち上がりトレイを手に取った。そして小熊の反応や行動、次に出てくる言葉さえ全てわかっているかのように小熊を見つめる南海に言った。
「走りに行こう」
南海は持ち込んでいたヘルメットを片手で持ち、もう片方の手で小熊の持っていた二人分のトレイを受け取りながら言った。
「ええ、一緒に走りましょう」
明日の予定、眠らなくてはいけない時間、今日中に済ませなくてはならない仕事や家事、今は何も無い、あったとしても後で何とかなる。
高校生と大学生、立場はほんの少し違うけど、二人とも今は夏休み。
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