第50話 蕾

 小熊はハンターカブのタイヤを鳴らしながら、ハンバーガーショップの駐輪場に乗りつけた。

 空は夏の遅い夕暮れがまだ始まる前の、午後の陽光が降り注ぐ時間。

 正直仕事用の借り物ながら性能的には満足していたハンターカブがこれほどまでも遅いのかと思わせる道中だったが、到着時間は早すぎず遅すぎもしないとちょうどいい時間。

 炎天下で一日中働いていた小熊としては、途中で家に寄ってシャワーも浴びたかったところだが、南海は少々汗臭いからといって自分を嫌いになったりしないだろうと思った。もし嫌われたならば、それを打ち消すようなプレゼントでも贈ればいい。たとえば、南海が現在知りたいと願っている紫のバイクについての情報など。


 小熊がハンターカブを駐めた駐輪場には、数台の原付や自転車に混じって、ブルーグレイのスーパーカブC一二五が駐められていた。

 ピンクのナンバーを見るまでもなく、吉村南海のカブだという事はわかる。

 前オーナーの葦裳社長に新車で買われて間もないカブは、真新しいバイク特有の輝きを放っていて、盗難防止のチェーンロックでフェンスに固定されていた。

 ヘルメットが入るような後部ボックスは付いていない。ホルダーを見てもヘルメットは固定されていないのを見るに、バイク自体の次に盗難リスクの高いヘルメットは店に持ち込んでいる様子。小熊がそういう事を教えた記憶は無い。きっと南海が自ら学び、あるいは想像してそうする事を選んだ。


 徒歩で来たほうが早いような真向いのマンションから、南海がわざわざカブに乗ってやってきた行為そのものが小熊には嬉しかった。南海はこれから小熊と、同じスピードで走る友達として会おうとしている。  

 無論それにはもう一つの可能性があった。南海は小熊から聞いた情報の内容次第で、今すぐに動き出そうとしているのかもしれない。

 それを止めるか応援するかは南海がどこに行こうとするかによるが、一つ間違いないのは、南海がどこに行こうと小熊が一緒に行くという事。

 同じエンジンのカブならそれが出来るし、同じエンジンのカブなら、カブの扱いに関しても高い学習能力を有している南海に遅れる事なくついていくくらいの事が出来る。


 南海のカブC一二五の隣に自分のハンターカブを駐めた小熊は、普段は後部ボックスに仕舞う事の多いヘルメットを片手にブラ下げ、冷房の効いた店内に入った。平日の昼下がりで比較的空いている店内で、カウンターに向かい、ファンタグレープとチキンフィレオを注文する。

 注文の品の乗ったトレイを受け取った小熊に、店員がお好きな席にどうぞと言うので、小熊は迷わず二階席に向かった。

 小熊が座りたい席は決まっている。このハンバーガーショップで南海と幾度も一緒の夜を過ごした席。

 窓から遠くあまり眺めはよくない、トイレのすぐ近くにある二人席。

 時刻はもう夕方だが、まだ窓から西日差す真昼間でも、夜と変わら薄暗い席に、桜色の花が咲いていた。

「お待ちしていました、小熊さん」

 吉村南海が、たった今蕾が開いたような微笑みを見せた。

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