第46話 真実

 朝食を終えた小熊は、今日の予定を確認した。

 大学は高校より長い夏休み中で、バイク便の仕事は短距離の仕事が幾つか入っている。

 特に複雑な道順も無く、小説家の原稿のようにドアをぶち破りパンツをはぎ取ってでも荷物を受け取らなくてはいけない厄介な荷受けも、決められたコースから逸脱したら即座に銃を向けられるような届け先も、見た限り無さそうに見える。

 退屈で単調な仕事だが、実入りは悪くなく金銭的には潤う。でも、金額のように数値化が可能な部分以外の何かが欠乏している気がする。

 たとえば、変化とか。

 とりあえず退屈に殺されないため生活の変化と潤いを求めるのは、食い扶持を稼いでからにしようと思った小熊は、仕事の予定と道順をを再確認した。ついでに追加の仕事でも入ってないかとスマホを見たが、どうやら世間はお盆と呼ばれる物の期間中らしく、特に新規の依頼は無かった。

 もうちょっと印象的な仕事もしてみたいと思った。例えば近隣から幽霊屋敷とか政府の秘密機関と噂されているような場所に、怪しい梱包の荷物を送り届ける仕事とか。

 そこまで考えて小熊は気づいた。きっと草薙はこんな気持ちでオカルトスポットを見に行っているのかもしれない。

 単調な仕事や退屈な生活から脱するためにオカルトに救いを求めているんじゃなく、オカルトなる曖昧模糊とした物の妙味を味わうために、平坦で凡庸な自分の生活を守り続けている。

 元々は南海の論文を書くために行った調べ事で、自分は調査の対象に影響を受けすぎているのかもれない。

 そう思った小熊は、とりあえずオカルト要素など何もない日々の仕事をこなすべく、ハンターカブに乗って家を出た。


 仕事はやはり、単調と退屈を再確認させる物だった。八王子にある大手建築会社の設計部署から、許認可を管轄する市役所施設まで、出来上がった設計書を何往復かして送り届ける仕事。

 郵送するなり職員が直接届けるなりすれば足りる仕事だが、提出の期限に間に合わせるために設計図を出来あがり次第届けなくてはならなくなると、バイク便の出番となる。

 ただでさえ八王子はだだっ広く、その建築会社から市役所施設までバスを二回乗り換える必要があり、丘陵が多く平坦路が少ない八王子では、自転車便も当てにならない。

 タクシーを使うより安上がりという必要に応じて呼ばれた仕事ながら、同じ市内で二か所をピストン輸送する仕事は臨機応変の判断が求められることもなく、それだけに草薙の話についてあれこれと考える事が出来た。

 南海が自分の所属している本郷の国立大学のサークル内での立ち位置を明白にするために選んだ論文の執筆と提出という方法。


 彼女はそれが自分にとっての夏休みの宿題だと言っていた。彼女が通う公立高校の出す宿題程度では、もう類稀な知能を持つ彼女は、描く手間以外のなんの負荷を与えられない。

 南海が期末試験と模試で開校以来とも言われた高成績を叩き出して以来、進路担当の教師を中心に色々と煩わしい干渉を受けたらしいが、彼女が本郷にある国立大学のサークルで外部校所属の正式な部員として大学WEBサイトに公開されている名簿に名を連ね、大学関係者とも積極的に交流していると聞き、多くの人たちは余計な事を言わなくなった。

 南海の両親も、本郷の大学でもどこでも、南海が自分らしく生きられる場所に行くべく、出来る限りの支援をすると明言し、もしも海外大学への進学を希望するなら、そのための卒業履歴としても本郷の大学が最善である事を、実体験を含めて説明したことで、進路指導の類はほぼ志望校の決まった予定調和のものにになった。


 すでに問題は南海の学力ではなく、本郷の国立大学に南海の数年間を委ねる価値があるかというレベルの話で、それは高校の教師や職員の介入する領域の話ではない。

 教師によって善意の名目で意図的に行われた南海の志望大学発表の影響で、南海はクラス内で以前より更に孤立したが、あまり風体のよろしくない服装の小熊やウェンディ、見た目からして怪しさしか感じない竹千代と親しく話している様子を何度か目撃された事で、つまらないからかいの対象にはなってないという。

 南海が愉快そうに教えてくれた学校内での噂話によると、南海がもし誰かに危害を加えられるような事があったなら、あの南海さんとよく一緒に居る赤いジャケットを着た女が仲間に集合をかけ、その危害を加えた人間を家族ごとこの世から消すと言われているらしい。

 仲間を集めるとこに関しては真っ赤な嘘だと思ったが、どうやら南海にはもう学校を超えた仲間が居て、孤立を苦にしていない


 それだけに南海は本郷の大学での自分自身の立ち位置、サークルの一員として在籍する価値についてずっと考えていた。

 もしも深夜徘徊を趣味としているサークル部員の間で都市伝説として語られている紫のバイクの話。

 その正体を明白にする論文を大学に提出すれば、サークル内での南海の役割や得意分野が明白化し、サークル部長代理の翠の言葉を信じるなら、論文提出以後の南海は、大学への入学を希望する側ではなく、大学から入学を求められる側になるという。

 南海の未来を切り開く鍵となりうる紫のバイクの話。小熊の考え事には、もう一つの決めかねる迷いがあった。

 紫のバイクの存在、草薙の事を南海に知らせるべきか。

 社会的に脆弱な人たちが誰にも迷惑をかけないように楽しんでいるオカルト趣味。でもそれは風向き一つで瓦解してしまう。

 もしも後藤や草薙が働いているあの近辺の流通業がオカルトを題材としたサークル活動を禁じたらどうなるか。


 同じ職場で働いているという連帯感で成り立っているサークル活動の場をネットSNSあたりに移行させれば、サークルは好奇の目に晒され外部の人間が入り込み、サークルはすぐに空中分解するだろう。

 オカルトの近いともいえなくもないモンド映画を楽しみ、副収入を得ている後藤も流れ弾を食らうかもしれないが、それは正直どうでもいい。

 何より地元警察や警備保障会社との、トランプタワーのように危うい関係で寛容な扱いを受けているサークルの存在が知られた時点で、相互信頼のタワーは崩壊するかもしれない。

 紫のバイクについての情報を南海に教え、それを論文として大学に提出させるのは、正しい事なのか。

 考え事をしているうちにハンターカブは荷物の届け先に到着したので、小熊は思索を中断しカブから降りた。

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