第27話 町中華
後藤が小熊を連れて来た深夜営業の中華料理店は、郊外の駅前やロードサイドでよく見かける庶民的なラーメン屋だった。
小熊は早くも帰りたそうにしている後藤の背を押すように店に入り、店内を見まわした。
カウンターとテーブル席、小上がりの座敷がある、仕事中たまにラーメン屋に寄る小熊が見慣れた配置で、深夜にも関わらず客はそこそこ見かける。
色や意匠は異なるが素材や造りは変わらない作業服を着た客の顔ぶれを見た小熊は、物流の街では今はもう早朝と呼べる時間なのかもしれないと思った。
店員のあまりやるきの無い「いらっしゃいませ」の声に早くも攻撃を受けたかのように体を震わせた後藤は、食券を買うシステムではないらしき店の片隅、衝立で囲まれた席に向かって歩いていく。
働く人間の街にある食堂は、客は食事をしに来る人間だけとは限らない。人と会うために待ち合わせの場所として指名し、入社を勧誘したり解雇を通告したり、そういう用にこの店を使う人間も多いんだろう。小熊は自分の働き先であるバイク便会社のある国立府中や高校の時のバイト先だった甲府昭和で、似たような店を随分見た。
スーツを着た人間がそういう用途に用いる喫茶店の類はこの近辺で見かけない。需要の無いものがあるわけがない。
あまり防音性は期待できないが目隠しにはなる衝立に三方を囲まれた、テーブルと椅子は他の席と変わらない四人席の上座で、小熊が会いたいと思っていた人間が待っていた。後藤の職場に存在するオカルト研究会なる集団の人間、小熊と南海が追っている紫のバイクなる謎、その正体そのものであろう人間。
その人間は紫がかった黒く硬質の長い髪の目立つ、銀縁眼鏡をかけた女性だった。容姿は悪くないが、男女共に色気に気を遣う余裕のある人間の少なそうなこの地に少々不似合いに見えた。
着ているのは後藤と同じ作業着だが、染み一つなくプレスされている。どちらかというと、この近辺に幾つもある私立進学校の教員を思わせる容貌だった。
抜け目ない姿の女性は、小熊ではなく後藤に向かって頭を下げ、それから立ち上がった。小熊が機先を制すように話しかける。
「本日はお忙しいところお会い頂き感謝します。貴方の行っている活動についてお話を聞きたいと思ってお伺いしました」
女性は余裕のある微笑みを浮かべ、着席しながら言った。
「我々の活動に興味を持って頂き非常に嬉しく思います。他でもない主任の頼みであれば断る理由がありません」
小熊は自分の身分を示すバイク便会社の名刺を出そうか迷ったが、おそらく会社から名刺を支給されるような仕事には就いていないであろう相手に不要なマウントを取ってしまうのではないかと思い、口頭で説明した。
「私は国立府中のバイク便会社でライダーをしている小熊という者です」
相手の女性は小熊が言外に匂わせた「そっち名乗れ」という圧力を柔和に受け止めながら言った。
「私はこのマイコンシティを拠点に活動しているオカルト研究会の会長をしている、
双方の紹介が終わったので、小熊は後藤を衝立側の席に押しやり、自分はいざという時いつでも席を蹴って逃げられる出口側に座った。
小熊はメニューを手に取り、相手に差し出しながら言った。
「ご馳走させて頂きます」
草薙と名乗った女性は口に手を当てて上品に笑った。
「ありがとうございます。以前からこの店には来てみたいと思っていました。このような機会を与えてくれた主任にもお礼を言わなくてはなりませんね」
小熊は草薙という女の上品で世慣れた話し方に警戒心を抱きながらも、さっきから話に出てくる主任というのは誰の事なんだろうと思った。
横に座っている後藤は、いつもと異なる寄り道で早くもエネルギーを使い果たしたらしく、テーブルに顎を乗せて突っ伏していた。
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