第22話 原付二種

 人材派遣会社に籍を置く後藤が現在働いているという電子機器部品の流通センターは、窓のない体育館といった感じの建物だった。

 川崎北部の緑地とは全く調和していない、外壁の塗装と清掃のコストを再優先にしたような白い外壁には社名らしきロゴがペイントされ、中で何が行われているのかはよく見えない。

 一応企業としての体裁を保つ正面入り口には受付室の窓が見えたが、まだ陽のある時間なのに真夜中のように冷たい光を放つ蛍光灯の窓明かりの中に、守衛の制服を着た人間が見える。あるいは人間のように見せかけた人形か何かなのかもしれない。


 後藤の後ろからついていき建物の正面から裏手回ると、ここで梱包と仕分けを行った電子部品の搬入や搬出を行う高床式のプラットフォームがあるが、トラックが動き出すのは夜遅くなってからなのか、今はシャッターを閉め切っている。

 後藤はただ歩くだけで小熊に何一つ説明やお喋りをしないので、外観から推測するしかない。

 プラットフォームの脇に後藤が出勤するらしき従業員通用口が見えたが、後藤はそちらに向かわずに建物の横に向かって歩いて行く。

 後藤が足を止めたのは、ここで働く従業員用の駐輪場だった。

 私鉄駅から徒歩圏ながら、電車やバスの動いていない時間に出勤や退勤をする派遣社員が多くを占めるという従業員の自転車や原付が大量に停められているスペース。坂の多い場所だからか電動アシスト自転車が目立ったが、一番多いのは原付二種。


 小熊のこの近くに住んでいて知っているが、原付一種は東京都下や神奈川ではそれほど便利な交通手段とはいえない。

 二段階右折が必要な交差点や原付一種の速度では流れに乗れない幹線道路が多く、なにより面積の対し警察官の数が他県よりずっと多い。

 原付一種は走っていれば速度違反で捕まり、止まっていれば駐車や整備の些細な瑕疵で捕まり、バイク乗りの間で伝わる都市伝説じみた噂によれば、原付一種は警官に課せられる交通違反取締数のノルマを消化するのに便利な稼ぎ種にされているらしい。

 遊びや道楽、あるいはたまに買い物で乗るなら、捕まって切符を切られたり取り締まりの数が激増する交通安全週間になったら原付にしばらく乗らないようにすればそれでいいが、他に代替の交通機関が無く、雨の日も雪の日も走らなくては生活の詰む非正規雇用の労働者ならなおさらのこと。


 小熊がちょっとした原付二種の展示場のようになっている従業員駐輪場を見まわしていると、後藤が敷地の隅を指さして言った。

「あった」

 彼女が通勤路の途中で見かける地蔵や消火栓のように、そこにあって当たり前の物を指示すように指した先には、あの夜小熊が墓地の中を通る坂道ですれ違った、紫色のPCXが停められていた。

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