第15話 再会
電話で教えられた場所は、小熊が普段走り慣れた鶴川街道を北上し、川崎市に入って東に折れた、小田急線黒川駅の近くにある集合住宅だった。
あまり小奇麗とはいいかねる木造モルタルのアパート。二階まで階段を登った小熊は、置き配の段ボール箱が置きっぱなしになった角部屋のチャイムを押した。
反応は無く、玄関横にあるすりガラスの小窓越しに見る室内は昼間だというのに暗かったが、電気のメーターが回ってるのを横目で確認した小熊は、拳でドアを強く叩く。
何度めかのノックの後、アパートの薄っぺらいドアが開錠され細く開いた。ドアチェーンをかけた隙間から小熊を見た住人は勢いよくドアを閉めようとしたが、小熊はドアノブをしっかりと掴み、もう片方の手をドアの隙間に突っ込んで住人の腕を掴んだ。
「ここを開けろ。後藤」
つい半年ほど前、小熊がバイク事故で左足を骨折した時に自宅で転倒したことによる胸骨の骨折で入院していて、同じ病室で一か月ほど過ごした女。
小熊の自宅から後藤のアパートまでの道は、ハンターカブで走れば近所と言ってもいいくらいの距離だが、小熊はここに来るまでに少々の手間をかけさせられた。
仕事が一段落ついた後でカフェチェーンに入り、クリームソーダを注文した小熊は
真っ先に、同じ入院仲間だが、つい先月にバイク便の仕事を共にした清里のシスター、
スマホ越しに讃美歌が聞こえてくる様子から仕事中だと思われた桜井は、無遠慮かつ嬉しそうな声で「寂しくなって私に会いたくなったか!? 」と聞いてきたので話をさっさと終わらせるべく、小熊の記憶では甲府の電子基板製造工場で働いていた後藤の
桜井は自分に電話をかけて来といて他の人間の連絡先を聞く小熊に対しあからさまに不機嫌になったが、それでも小熊の聞きたいことは教えてくれた。
「後藤は甲府の工場を雇い止めになって川崎に派遣されたよ、今ではそこに引っ越して働いてる。良未姐さんが面倒を見てるらしいから、詳しくは姐さんに聞いてくれ」
桜井はそれだけ言って電話を切った、それからLINEで小熊が後藤や桜井と共に入院の時間を共有した
続いて桜井からのLINEで、頼みを聞いた恩を着せるように今月末に自分の職場が、カトリック教会となんの関係があるのか地元の盆踊りで忙しくなるらしく、シスターとして仕事を手伝ってくれと頼まれたが、小熊は修道服を着た自分の姿を想像して断固拒否した。
桜井は残念がっていたが、借りはいずれ別の方法で返せるだろう。桜井が現在修復している愛車のNSR二五〇には、小熊が伝手を駆使しなくては手に入らない絶版部品が幾つかある。
桜井との通話とLINEを終え、アイスの溶けかかったクリームソーダを飲んだ小熊は、少し緊張しながら中村に電話をした。
確か中村は入院の理由となった首のむちうちを完治させて退院し、テレビ番組制作の仕事に復帰しつつ、今は主にVtuber配信プロデュースの仕事をしているらしい。
まるで小熊から連絡が来るのを待っていたかのように、すぐに電話に出た中村に、後藤の連絡先を教えて欲しいと頼んだところ、中村は久しぶりに小熊から連絡がきたことよりも、不躾な頼み事をされたのが嬉しいと言い、後藤の現住所と現在の職場、それから在宅しているであろう時間帯まで教えてくれた。
幾らかの手間をかけつつ後藤の部屋に辿りついた小熊は、鍵がかかっていても蹴破れそうな薄っぺらい玄関ドアを開け、後藤の部屋に押し入った。
部屋の主は突然の乱入者に怯え、今から何もか奪われてしまうかのような表情で小熊を見上げた。
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