第13話 一九九〇年代
小熊はダイニング横の四畳半で古いバイク雑誌の記事を読んだ。
バイクに乗っていて遭遇した怖い出来事の特集。その中にあった読者投稿「紫のバイク」
どぎつい紫色のエナジードリンクを飲みながら、電子書籍に慣れた目には新鮮な紙に印刷された活字を追う。
ハンドルネームの旧い呼び名だというペンネームなる個人認識アバターの横に、投稿者が乗っているバイクが書かれているのがバイク雑誌っぽいなと思った。
投稿者達が乘っているのはカワサキ・ニンジャやホンダVFRなど、今となっては旧車として高価格で売買されているバイク。
投稿の内容は、夜中の道路ですれ違った紫の光を放つバイクの一団。それの何がおかしいと思った小熊は、まだLEDによるライトアップチューニングなどほぼ無かった時代だという事に気づき、適度に現代とのセンスの違いを楽しみながら読み進める。
その投稿者曰く、紫のバイクはツーリング仲間の間で昔から密かに語り継がれていて、投稿の中に都合よく現れた政府の陰謀に詳しいバイク仲間によれば、それは国家が秘匿している超科学的現象を証拠隠滅するために活動する集団だという。
小熊はエナジードリンクを飲み干し、ひっくり返した紫の缶から垂れるバイオレット色の雫を舌で受け止めながら雑誌を閉じた。
なにか南海が興味を持つような情報があったらスマホで撮って南海と共有しようと思ったが、どうやらそうするほどもないようなジャンクデータだった様子。
国家の秘匿事項を個人が知っていてバイク雑誌に投稿するかどうかはともかく、なんで隠し事をするのにわざわざ目立つように塗り替えたバイクに乗り、いちいち見た人間の記憶に残すのか。
人里離れた山林や荒れ地ではなく、バイクが走れるような舗装された公道でそんなことをしていれば、すぐにスマホかドラレコで撮られて動画サイトにでも上げられるだろう。
そういった物が自分の生まれる前の一九九〇年代にあったかどうかはわからないが、高校時代の同級生の椎の両親など、その頃に十代を過ごした人間の話を聞く限り、似たような物はあったんだろうと小熊は思った。
バイク雑誌を本棚に戻し、四畳半の灯りを消した小熊は、エナジードリンクの空き缶を持ってダイニングに移る。
台所で濯いだ空き缶を分類式のゴミ箱に捨てて歯を磨いていると、蛍光灯照明の四畳半とは対照的に暖色の間接照明で柔らかく照らされたダイニングの雰囲気のせいか、眠気が訪れてきた。
エナジードリンク一本で眠れなくなるほど過敏ではない。ネットとバイク雑誌、紫のバイクについて自分に調べられる事は調べた。小熊は生活リズムを乱さないためにさっさと寝ることにした。
ダイニングの照明と流しっぱなしだったNHK-FMを切り、六畳の寝室に入った小熊は布団を敷き、眠りについた。
高校時代からの習慣っで、目を閉じる前に明日やることを再確認する。
小熊は明日すること、しなくてはならない事は何も無かった。
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