第12話 夏の夜
自宅の木造平屋に帰った小熊は、明日も仕事がある事を思い出し、ハンターカブをコンテナの中ではなく、コンテナと縁側の間の砂利敷きスペースに駐めた。
家に入ってヘルメットと服を脱ぎ、エアコンのスイッチを入れてシャワーを浴びた小熊は、冷蔵庫のポットからグラスに注いだジャスミン茶をバーカウンターに置き、髪が乾くまでの時間を過ごした。
動画でも見て時間を潰そうと思い、バーカウンターとは別にダイニングの中央にあるテーブルに放り出したiPadを手にした小熊は、一緒にワイヤレスキーボードも掴み、バーカウンターに置いた。
ジャスミン茶で唇を湿しながら、iPadでブラウザを開きキーボードで検索ワードを打ち込んだ。
紫のバイク、という言葉で検索しても、出てくるのはバイクオーナーが紫にペイント、あるいはライトアップしたバイクばかり。画像検索でも似たような結果。
検索ワードの紫のバイクの横にスペースを開け、心霊スポットと打ち込んでも、出てくるのはオカルトからバイク趣味まで雑多なサイトを集めているまとめサイトくらい。紫のバイクがオカルトに関係しているという話はどこにも見当たらない。
自宅で調べられる範囲でだけ調べると約束した南海も同じようなものを見ているんだろうかと思い、髪を指で漉くと、さほど長くない髪はもう乾いていた。
お茶を飲み切った小熊はスツールの上で背を伸ばしたが、眠気は訪れない。
小熊はまだ眠る気にはなれなかった。どうせ明日も大学は夏休みで、バイク便の仕事は三十分もかからないような短距離の仕事が二本ほど入っているだけ。
日野にある自動車会社の工場から羽村まで部品と記憶メディアを送り届ける仕事。もう荷物の準備は出来ているという、自社のトラックや営業車を使わずバイク便で運ぶのは駐車場の都合と一旦他社を挟む必要があるという税制、契約上の便宜。
なんだか自分が大きな生産ラインの一部になり、ベルトコンベアに乗って何も考えず運ばれる気分になりそうな仕事で、変化を求めて働きに行く積もりが余計に退屈を自覚させられそうだが、それで飯を食っているならしょうがない。
小熊は冷たいお茶をもう一杯飲もうと思い、スツールから立ち上がったが、グラスをバーカウンターに置き、冷蔵庫とは逆の方向に歩き出した。
ダイニングの隣にある四畳半の和室。逆隣にある六畳の寝室は畳をリフォームして和室のままにしているが、こちらはウッドカーペットを敷いて洋間っぽくしている。
ダイニングや寝室の柔らかい白熱灯とは異なり、十分な光量のある業務用蛍光灯の灯り。この照明は元からあったからそういているわけではなく、そうする必要があってわざざわ取り寄せた。
部屋の中にはバイクに関するコレクショングッズやライディングギア、そしてバイク雑誌の製作会社から寄贈された棚一杯のバイク雑記と書籍。
小熊が寒暖差の激しいコンテナガレージで保管に不向きなバイクグッズを収蔵している、バイクの部屋と呼んでいる場所。
キッチンの冷蔵庫とは別にバイクの部屋に置いているミニ冷蔵庫からエナジードリンクの缶を取り出した小熊は、書棚の前に立って以前出版社に行った時にまとめて貰ってきた古いバイク雑誌の中から、お目当ての雑誌を一枚引き抜いた。
暖色のダイニングには似つかわしくないがここには似合ってるアルミフレームのディレクターズチェアの腰かけた小熊は、冷たいエナジードリンクを飲みながら、記憶を頼りに一九九〇年代に発行されたというバイクツーリング雑誌をめくった。
以前貰った時に一通り読んだ記憶は間違ってなかったらしく、探していた企画記事はすぐに見つかった。
内容はツーリングで遭遇した怖い出来事。その中にある読者投稿。
タイトルは紫のバイク
紫のバイクというものにさほど興味の湧かぬ小熊がこの家の中で調べられる情報は、南海とさして変わらないが、もう一段深い階層まで調べる方法は無いこともない。
秋冬よりもずっと短いのにやるこの少ない夏の夜。どうせ暇なら退屈から逃れるため、そんな過ごし方をするのも悪くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます