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 時が流れていく。知らぬ間に、私は研究所の所長となり、由美子と旦那さんは退職し、大輔くんも由紀も結婚して、子供ができた。大輔くんの息子は颯くんであり、由紀の娘はひまりちゃんだ。

 でも大輔くんの罰当たりというか、彼は離婚して、颯くんと奥さんは東京で一緒に暮らし、自分は一人暮らしを始めた。

 大輔くんが帰省すると、きっと私の研究所に来て、「治療」を受ける。私も、この年に数回しかない殺人の快感を味わう。大輔くんの記憶を奪うことだけが、仇を討つように思えて、癒されるほど気持ちよかった。

 しかし突然、由美子から大輔くんが死んだと聞かれた。事故か自殺かまだわからないが、遺書のような手紙が残ったという。しかもその大半は私のことらしいから、由美子が連絡してくれたわけだ。

 その内容を知った私はどれだけショックを受けたか、もう言語化できないほどだったのだろう。

 なんで、そんな細かいところまで憶えてるの?あなたは殺されていたんだよ。救われるなんてありえないよ。

 もがこうとしてつぶやいた私は、ようやく自分こそ弱い人間だと自覚した。自分の醜い復讐は、大輔くんには聖母の救済のように見做された。さらに自分の罪を感じさせられ、償おうとしていた。

 あとの調査によると、あの日、大輔くんは私にその手紙を送ろうとしたのだ。だからそれは遺書ではない。彼の死は、贖罪のように感じるが、実は正真正銘の事故死だった。

 その真実を知った私は、虚しさしか感じられなかった。

 それから、私の不運が続いていた。

 まずは、大輔くんの亡くなったことで、彼の奥さんがそれをきっかけとして浮気相手と結婚した。どうやら大輔くんはずっと奥さんとギクシャクしていたらしい。彼の息子である颯くんはやむを得ず実家に戻り、由美子たちと暮らすようになった。

 そこで最悪なことに、颯くんとひまりちゃんは同じクラスの生徒となったのだ。

 大輔くんのことはもうどうでもいいと思ったが、自分の孫であるひまりちゃんと自分の息子を殺した殺人犯の息子が同じクラスにいるなんて、どうしても許せない。

 そのままほっておいても大丈夫だろう、と少しだけ望んていたけれど、結局、なんとひまりちゃんが颯くんの恋人となった。

 そのことを聞いたとたん、私は呆気にとられた。

 だから由美子を説得してみた。自分の息子は私の息子を殺したからか、元同僚だからか、とにかく順調に由美子からの支持を得た。

 そのクローゼットをクローズド・クローゼットと名付け、約半年をかけて由美子の旦那さんである誠の知らないところで、彼女と一緒にこっそりクローゼットを改装した。おそらく、私も由美子も二人の感情の証とも言えるクローゼットはその目的でまた使われたとは思いもしなかったに違いない。

 今回は、さすがに殺すことだと自分を思わせる必要がない。ただひまりちゃんから離れればいいのだ。

 だから颯くんの夏だけを奪おうとした。

 夏を選んだのは、颯くんとひまりちゃんの出会いの季節であり、そもそも薫が大輔くんに殺されたのも夏だった。大輔くんの手紙のタイトルも夏が含まれている。偶然というか、皮肉というか、私は思わず苦笑した。

 意識アップロードを宣告する日は、薫の誕生日である2月29日にした。

 でもさすがに自分はついてない。

 彼を入らせたところ、ひまりともう別れたと言われた。ものすごく狼狽したものの、そこまでしていたのだから仕方なくても予定通りという選択肢しかない。

 私は意識のアップロードをタイムスリップと颯くんに言い、自分でも長ったらしいと感じられるルールを説明した。説明の大半は出鱈目だけれど、もし万が一颯くんは自分の意識が亡くなって変なことをしたらまずいから、念のため「巨大な変化」が発生する恐れがあると言っておいた。期限については、薫くんは高2の夏で亡くなったため、高3に入る直前にした。もちろん、その「ルール」については由美子も異論はなかった。

 ところが、その後の話は私にとって地獄みたいだった。

 由美子からの情報によると、どうやら颯くんはその巨大な変化を自分と友達の関係がよくなることだと考えているようだ。しかもその友達の名前も薫だ。

 もしそこまでだったら、むしろ嬉しくなるべきだ。どうせ人殺しの子供だから、彼の父のような思いを実感するのも自業自得だろう。

 でも問題はひまりの方だ。颯くんをきっぱりふった後、ちょうど友達がいない時期のせいか、りんちゃんという子と仲良くなった。

 自分の元カレが友達と楽しく遊んでいるようにも思えるからか、ひまりも昔よりりんちゃんのうちに行った。もちろん、りんちゃんがうちに行ってひまりの部屋で遊んでいたこともある。

 不穏な空気を嗅ぎ取った。でも自分のできることは、何一つ有りはしない。災いの元はまさにその私であるのだからだ。

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