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 思春期に入った生徒は、一時的に成績が伸びることができるそうだ。同時に、過去の自分と違った人間になりたくなって、成績だけでなく、性格も積極的に変えようとする。その結果、親や先生に口答えをし、まるで自分は世界一の思想家のように。さらに、自分との思想が似ている生徒たちと一緒に何らかの反抗らしい仕草をしてしまう。

 幸いなことに、颯くんのやったことはその前半だけだったらしい。

 その後、ひまりからあるいやらしいことがわかった。颯くんと薫くんはゲイだとクラス中に噂話となって、彼がいじめされている、ということになった。

 私は心配になってしまった。もしかしたら、颯くんも父・大輔のように憧れと嫉みの葛藤に苛まれ、結局薫くんを殺したらまずい。そもそも颯くんの意識をアップロードしようとした目的は、彼を苦しませるなんかではなかった。ただ自分の孫と関わらないようにしたかっただけだ。

 これ以上犠牲者が出ないよう、颯くんに対するいじめをなくすのが必要だ。いじめされた子としては、何もせず時間が経つのを待つこと、あるいは誰かが助けられること、その二者択一の選択しかない。いじめされたことのない私だってそれくらいのことはわかっている。

 でもひまりに颯くんを助けてと言っても、ひまりは必ずしも助けるとは限らない。さらにいじめの矛先が変わってひまりに向く可能性だってある。いじめが解決したら、颯くんはまたひまりと付き合うことも予想される。

 それにしても、科学に携わる研究をした私がその研究を悪用した。それはすでに罪とも言えるのだ。大輔くんはすでに法によって裁かれた。勝手にひまりと颯くんの関係を断つのもおばあさんとしての失格だ。そもそも人間の感情をコントロールするなんて情けない。

 その上また死者が出るのはどうしても避けたい。たとえひまりがまた颯くんと付き合っても、避けたい。いや、颯くんには罪がないのだ。人殺しの息子は必ず人殺しになる証拠がない。

 私はようやく決心した。昼間に「颯くんを助けて!あなたしかできないから」という言葉をメモ用紙に書き込み、ドアと壁の隙間に挟んだ。私の字ではないとごまかすために、わざわざ由美子の筆跡を真似た。理系出身の私だが、子供の頃書道教室に通ったことがあるから、他人の筆跡を模倣するくらいはちょろかった。

 その方法はいけるかどうかは心細かったけれど、結果オーライだったらしい。ひまりがどの手を使ったか、内緒だと言われたけれど、いじめは無事に解消したようだ。

 それからはしばらく穏やかな毎日だった。颯くんとまた会った日まで。

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