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 現実は常に私たちの予想に反する残酷なものだ。

 あの夏、薫が亡くなった。いや、殺された。大輔くんに。

 その死の知らせに私はかなり動揺した。

 息子を失った苦しみと哀しみに襲われ、奈落の底に突き落とされた毎日、私はどうやって過ごしてきたのか、まったく憶えられない。

 それにしても、息子がいなくなった私は研究を諦めず、しかも水面下でこっそり意識の宿る機械を直し続けていた。

 大輔くんが社会復帰すると、私は彼を研究所に呼び出した。

 彼の意識を窺ってみると、驚くべきことに気がついた。

 まさか大輔くんと薫は知り合いだったとは。

 しかも大輔くんは薫に対する憧れと嫉みから逃げ出そうとしたという殺人の動機も私をぞくぞくさせた。

 焦りと自暴自棄の悪循環から解放したい。彼の告白は想像を絶するものだった。

 なんで?なんで薫なの?なんで死んだのは私の大切な息子でなければならないの?心の底から叫んでいた。

 人間は、自分のものを失ったら、そのものの価値が二倍になったように思いがちだ。私もそう思った。だからまるで二人の子供が亡くなったようで、毎日は涙に濡れるのだった。

 しかし、あることもちょっと気になる。

 どうやら大輔くんは薫を殺してもまだ悩んでいるようだ。

 だとしたら、あなたを私が殺してはどうだろう。

 でも直接殺すならもったいない。物足りない。

 殺すと決めた以上、何回も、何回も、思う存分殺すのが一番だ。

 技術の悪用。ふと所長の話を思い出した。

 違うよ。それは悪用なんかじゃないよ。

 どうせ大輔くんは罪を感じていないようだ。もしかしたらそもそも殺人は彼にとって牛や羊を殺して料理の食材となるのと同じなのかもしれない。だから彼は殺人によって自由になりたがるのだろう。

 でも自由なんて、そんなに簡単に手に入れると思うの?甘すぎる。

 他の子が自分より優秀なら、自分の腕を磨け!

 私だってそうだったよ!あなたの母より強くなりたくてたまらなかったからこそ、毎日夜遅くまで研究し続けていたよ!

 いつでも焦りと嫉みに囲まれるのは、強い人間がそばにいるとすぐおずおずしちゃうあなた自身のせいだよ!

 いい加減目覚めなさい!

 何年も耐えていた感情が一気に込み上げ、高揚した私は大輔くんに絶叫した。

 でもその時、大輔くんは私の咆哮が聞こえない。聞こえるわけがない。

 なぜなら、彼の意識は今パソコンにアップロードしているのだ。

 意識の削除は、殺すのと同じだろう。自分の意識を失ったら、たとえ一部だけでも、元の自分がもういないのだ。新しい自分が生み出されたと同時に、過去の自分はもう殺されたのだから。

 意識の添削は思った以上面白い作業だった。

 まずは家族のこと。だめだったら、友達、恋人。

 それからは年代別。子供時代。青春時代。

 さらに、季節別。春、夏、秋、冬。

 毎回はひとつだけを狙って、その部分の意識をパソコンにアップロードし、大輔くんの脳から削除する。

 そして、毎回研究所に来てもらい、様子を見る。

 すると一ヶ月後、その意識をまた頭の中にダウンロードし、他の部分を削除する。

 こうすると、大輔くんにとって、夏の記憶は一番大切だとわかった。

 夏に関する意識が削除されたら、大輔くんは別人のようで、悩みは一切見られず、楽しく生きていた。

 それはそうだろう。大輔くんの夏には、薫と一緒に遊んでいた楽しい記憶が残っている。一方、薫に憧れ、嫉み、彼を殺したのも夏で起こったこと。だからこそ、夏が奪われると、大輔くんは夢遊病者のように迷うこともせず、悩まずに生きられるのだろう。

 とはいえ、大輔くんに「私はあなたを殺している」とかはさすがに口に出せない話だった。言っちゃったらきっと来なくなってしまうのも知っている。だから彼に「それはお母さんと私が開発した機器なの。これによって、悩みとかなんでも消えていくよ」と言った。彼は毎回楽しく機器に入った。子供の頃、自分はまさにその機器の開発での実験台だったことは知らなかったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。

 というわけで、私は大輔くんを殺し続けていた。

 ときには、大輔くんは自分が殺されているのが知らないのはちょっと残念だな、と思ったことがあるものの、よく考えてみると、死ぬ寸前まで自分が殺されたのを感じる人はそもそも多くないかもしれないから、そのままで良かろう、と自分を納得させた。

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