05 青年は想いを口にする。
「君は、何をして…」
「落ち込まないでくれバネッサ。あなたが悲しんでいると俺も悲しい」
「わかった、わかったから、離して……」
クラウスの胸板を押して離れようとするが、背中に回った彼の手はガッチリとバネッサを支えて一定以上の距離から離れることができない。
睨むようにクラウスを見上げると、至近距離でクラウスと目があう。
「バネッサ、今日こうして再会してわかったことがある」
「なに」
「俺はバネッサを恋しがっていたみたいだ」
バネッサは唖然とした。
クラウスが自分と普通に会話していることだけでも信じられないことだと語ったばかりなのに、何か世迷言を口にしているとしか思えない。
しかも、今バネッサは奇病対策について考えて深く落ち込んでいたところだというのに、素っ頓狂なことを言われて情緒がおかしくなってしまいそうだった。
「信じられない」
「でなきゃ20年もこの家に足を運ばない」
「私の魔法が、君の認識を歪めてしまった……そうなんだ、そうか……私はなんてことをしたんだ。研究、研究しないと」
「魔力が取り込まれることは無いって言ってなかったか?」
「取り込まれて認識が変わったかもしれないって君が言ったんじゃないか!」
とにかく離せとバネッサが大暴れする。ポコポコ全身を殴ってくるので、さすがにクラウスもバネッサを解放した。
「たった一年、交流があっただけの人間のことをどうしてそこまで思える」
「俺にとっては、合わせて21年だよ」
「っは、20年前に会った人間のことなんて、私なら忘れる。事実覚えていない。そこまで記憶に残るほどの存在だったとは思えない。……ああ、そうか、君にとって醜い人間との交流なんて私しかいなかったから、思い出を美化してしまっているのか」
「………」
バネッサがこの家に住んで10年、自分を白い目で見る種族と隣合い、会話らしい会話もなく、たった一人で研究に勤しむ日々。
奇病を解決した15の頃には、一族はもういなかった。当然だ、10年前の事件でもれなく全員奇病を生み出すために死んだのだから。
愚かな一族。バネッサはその罪を背負っている。
好意など、無縁だと思っていた。その対象が自分自身であることなど絵空事だと。元々バネッサは愛というものに興味がなかった。家族・友人・恋人、そんなものに囲まれた記憶がないのだから、仕方がない。
「バネッサ、俺と村に住もう」
「君は馬鹿か?」
「いや真面目な話だ。俺たちの村にはあなたの力が必要だし、わざわざ離れた場所にいる必要もない。何かあったときにすぐ対応ができるように村の中にいたほうが好都合だろ」
クラウスは曇りなき
「私が村の外で住むのは、君たちのためでもあるんだよ。外部から結界を張っているのも、村の周りの奇病の素を回収するのもここにいたほうがやりやすいんだ。何より、君たちが嫌う人間が居住区にいたら気分が悪いだろう」
「俺はそばにいてくれたほうが嬉しいんだが」
「君は論外だ。村人に換算しないでくれ」
やっぱりクラウスがこんなに執着してくるのはおかしい。バネッサはさらに頭を悩ませた。
自分を無害だと認めてくれているのは助かる。しかし、自分の領地に引き込もうとするのは強引であり、なんと視野の狭いことかと呆れる。28にもなったのにバネッサが考える範囲のことを想像できないものなのか?と怒りすら覚えそうだった。
だが、現在の村の内情や近辺の環境は早いうちに把握したい。
住むことはもちろん却下するとして、クラウスに案内は頼みたい。
「君、仕事は何をしているんだ?」
「騎士だ。父の跡を継いだ」
そう言って腰にある剣を軽く叩く。
「騎士というと、村の外に出ることも多い。それに事実毎年こうして村の外に出ていたのだろう。…よく、奇病に罹らなかったね」
「俺も不思議だったが、3年前だったか、魔獣の討伐のため遠征に行った時、俺以外の四人の仲間は奇病にやられて死んだ」
高熱を出しやがて抗う力もなく深く眠ると、体が石のように固くなって指先から砂になるようにして消えゆく病。
エルフの混血らしい白い肌そのものが砂になったような美しい白を残す。10年前はその砂が闇市場で高く取引されていることもあった。バネッサはその事実を知ったときにひどく嫌悪した。もしかしたら今も、その砂が新たに出回っているかもしれない。一度確認しに行かねばならない。
「クラウスにだけ、耐性があったということか?」
「正直、そうとしか思えない」
バネッサは、クラウスの手首をつい凝視した。
それが事実ならば、彼を研究したい。
バネッサの視線に気づいたクラウスが、見られている自分の左腕に気づく。そして腰に挿している剣を少しだけ鞘から抜き取り、自分の左腕を刃に擦らせる。
白い肌に真っ赤な血がスウッと線になって浮かび上がる。
「何をしているんだ!?」
「調べたいんだろう。どのくらいの血液があればいい?」
「いや、そんなことより、早く傷を治さないと……」
「あなたがいるから大丈夫だろう」
「っ……」
クラウスがわざわざ傷をつけたのだから、それには応えなくてはならない。バネッサは棚から瓶を取り出し、一度浄化と保管の魔法をかけ、そしてその中にクラウスの血を数滴垂らした。
「そんなに少しでいいのか? 研究のサンプルには足りないんじゃないか?」
「量なんていらない。何度でも使いまわせるように魔法をかけている。それよりもさっさと治すから。君、結婚して姓が変わったりしていないのかい?」
「あなたのために20年通っていた男が結婚するわけないだろう」
「知るか。君みたいな物好きの考えなどわからないよ」
バネッサが呪文を唱える。クラウスが足を怪我した21年前と同じ口上で、バネッサは傷口を強く押さえつける。
沸騰するような熱さ。バネッサの表情が少し歪む。
線の範囲のみだったからか、処置はすぐに終わった。ちょっと痒みを感じる程度で、クラウスの表情も変わらずだった。
「これでもっとバネッサのことを好きになってしまうな」
「……」
自分の魔法が彼の認識に関与していないか、それもついでに調べようと強く決意した。
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