溶かして、あなたを喰らう
SEN
本編
「かき氷のシロップって、全部同じ味なんだって」
いいかき氷機を買ったから一緒に食べよう。そんな誘いに乗って私の恋人、
「……肌の色や言語が違ってもみんな等しく人間ってこと?」
「いきなりそんな難しい話しないって」
「だよねー。いやぁ、スズって雰囲気あるからさ、何言ってもこの世の真理みたいな難しい話の前振りに見えちゃうんだよね」
「もう、付き合い始めて結構経つでしょ」
2ヶ月と13日。スズとの恋人になってからの日々は毎日が輝いていて、1日たりとも忘れられない。いちご味のかき氷を食べる手を一度止めて、スズは口元を押さえて上品に笑う。彼女の一挙手一投足には品があって、昔の私だったら釣り合わなかっただろうなと回想した。
「それで聞きたいんだけど、
「全部同じって言った後にそれ聞く!?」
前振りは質問を答えやすくするのが役割なのに、逆に答えにくくしてどうするんだ。そんな私の至極真っ当なツッコミに、スズは微笑みを崩さない。賢い彼女の掌の上で弄ばれる。少し恥ずかしいけれど、この時はスズの視線と期待を独り占めできるから好きだ。
「うーん、ブルーハワイかな」
「どうして?」
「色が綺麗だし、かき氷特有って感じがするから」
「ふふっ、特別っていいわよね。私もデートの時にオシャレしてくる雪菜が好きよ」
「すっ……! か、かき氷から話題飛びすぎじゃない?」
かき氷から突然私の話に変わり、不意打ちでボッと頬が熱くなる。期待通りの反応だったのか、スズは満足そうに頷いた。また弄ばれたのは悔しいけど、それを圧倒的に好きといわれた嬉しさが上回り、怒るどころか口角が上がってしまう。
「大学で清楚な服を着てる雪菜も好きだし、サークルで一生懸命頑張ってる雪菜も好きだし、バイト先であたふたしてる雪菜も好きだし、こうやって部屋でまったりしてる雪菜も好きだし、隣でぐっすり眠ってる雪菜も好き」
涼しい顔で好きを連呼するスズに真っすぐ見つめられて、頬どころか体全体が熱くなって湯気が吹き出そうになる。心臓は爆発してしまいそうなほど激しく鼓動し、恥ずかしくて逃げ出してしまいそうになる。でも、スズの瞳の魔力が私を逃がしてくれない。次は何を言われるのかと、ゆったりと動くスズの唇を見つめ続けていた。
「それで聞きたいの。雪菜はどんな私が好き?」
これが本命の質問だ。彼女の柔らかい微笑みの裏に、私を試すような視線を感じた。でも、この質問は考えるまでもなく答えが出た。
「どんな服を着てても、何をしてても、私はどんなスズも大好きだよ」
一目惚れだった。どこの学部かも、何年かも、どんな声をしているのかも、何が好きなのかも、何も知らなかったのに、初めて私の目に映ったスズは他の何よりも輝いて見えた。それからスズを追いかけるように同じサークルに入って、スズに好きになってもらえるよう努力した。
スズは頭がいい人だから必死に勉強した。入学当初は金髪に染めていたし、服もかなりチャラい雰囲気だったけど、スズは真面目な人の方が好きそうだったから髪は黒髪に戻して服装も清楚系にした。メイクもスズが好きそうな雰囲気のものにして、香水もスズがおすすめしてくれたものに変えた。
それも全部、風見鈴音という人間が好きだからだ。どんな服を着ているとか、どんなことをしているとか、そんなの関係ない。
この答えはズルかったかな。つまらない私に失望したかな。少し不安になりながら顔を上げると、その瞬間に唇を奪われた。不意打ちに動揺する私を両腕の中に閉じ込めて、抱きしめられた私は徐々に抵抗する力を失い、されるがまま濃厚な口づけを堪能させられた。そして唇が離れ、スズの顔を確認すると、珍しく頬を赤らめている可愛い恋人がそこに居た。
「奇遇ね。私も、
私の頬にそっと手を添える。私の温度が伝わったのか、それに合わせてスズの頬の赤みが強くなる。うっとりとした彼女の瞳に見つめられ、これから彼女が降らせる愛の言葉を覚悟した。
「どんなに頑張っても味は変わらないのに、選んでもらうために必死に色と香りを変える。かき氷ってそんないじらしい存在なんだって気付いて、まるで雪菜みたいだなって思ったの」
「私が……かき氷?」
「うん。じっと私を観察したり、私に直接質問したり、私のことを知って、好きになってもらう努力をする雪菜はとっても可愛かったわ」
昔の私の行動の理由を全部察していたと言われ、一気に羞恥心が押し寄せてきた。まさか全部バレていたなんて。
「でもね、私が好きなのはあなたの見た目や香りなんかじゃなくて、私に真っ直ぐな想いを寄せてくれるところなの。だから、雪菜がどんなシロップをかけても、たとえまっさらな氷のままだって、私はあなたを食らい尽くしたいって思ってたわ」
食らい尽くす。私を腕の中に閉じ込めて愛を囁く彼女に危機感を覚え、ゆっくりと近付いてくる彼女の顔を両手でガードした。
「そ、そんなにがっついたら頭がキーンってなるよ!」
だから少し待って。不満そうな顔をするスズにそう伝えて止めようとしたけれど、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた彼女を見て逆効果だったと悟った。
「それもまた一興ね」
かき氷はただの食べ物だ。捕食者に抗う術なんて持たない。彼女が食べやすいようにサクサクと氷をつついてシロップとなじまされ、ゆっくりと溶かされて甘味を堪能される。彼女に思う存分食い尽くされた私は、夏の温度に溶けていった。
溶かして、あなたを喰らう SEN @arurun115
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