027 信じたくない。でもそうかもしれない。
「企み……」
「やだな、そんな顔しないでよ、
共謀関係。まるで、ふたりきりで悪だくみをしている、っていう風に聞こえる。そう言っているのだ、夕辺先輩は。でも……まさかそんなはずはない。パパたちは悪者じゃない。
悪者じゃない……けど何かを隠しているのも、また明白だった。
だから私は、どうしたらいいか分からずにいるのだ。どれだけ二人を信じていたって、二人の関係を十二年間も知らされてこなかった、その事実は覆らない。
ふと頭の中で蘇るのは、顔見せライブの数日前、先生に尋ねたこと。
『つまり、私を知ってたんですね。十二年前から。……そういうことに、なりますよね?』
私は先生をセーフハウスに呼び出してまで、そう質問した。そして、続く言葉を飲み込んだ。
本当は、もっと踏み込んでみたかった。でも、勇気が出なかった。
あの日、本当に訊きたかったことは、その先なのだ。私は、心の中で先生に尋ねる。
『じゃあ……あの夜のこと。お母さんと別れた日のことも、先生は知っていたんですか?』
瞬間、頭の中に広がったのは、いまでもたまに夢に見る光景。あの夜の景色だった。
それはあまりにも唐突な別れと、唐突な出会い。
三歳の私。手を握るお母さん。遠く向こうに灯台の光。なんの前触れもなく、お母さんは私を夜の中に連れ出した。私の手に──一通の■■を握らせて、そのまま夜の中へ放りだした。暗闇の中、あの日の私は灯台の光だけを頼りに走った。はやくはやく誰か迎えに来てよ、助けに来てよ、ってわんわん泣きながら走った。夜の中を駆ける私。くしゃくしゃになるまで握りしめた■■。そして灯台の麓に、パパの姿を見つける。
私はお母さんと離れ離れになり、暁月日々輝の娘となった。あの日の記憶だ────
「どうしたの。なにか、考え込んでいるように見えるよ」
先輩の声で、ハッと我に返る。
同じ暗闇でも、ここは廃墟となった小劇場の中。意識が過去から現在に戻った私は、
「暁月さんたちは」必死に縋るような思いで、「なにをしようと……しているんですか、」
夕辺先輩に答えを求めた。すると先輩は、ふっ、と渇いた笑いを零したあとで、
「谷川恵空は、暁月日々輝を解放しようとしているんじゃないかな」
そう、言った。私は、深呼吸をする。
「もっと言えば、ミアキスの解放さ。この世界の均衡を破壊するつもりだと、
もういちど、呼吸。
「ミアキスを知る一般市民、という異分子は、やがて秘めごとだらけの世界に亀裂を生じさせ、平穏を決壊させるだろう。そうすればどうなる? 谷川恵空は、晴れて、暁月日々輝を世に放つことができる。彼はもう、二度と抑圧された生活を送らなくて済む。谷川恵空と二人仲良く、幸せに暮らしましたとさ……そういうハッピーエンドを迎えることができるだろうね」
信じたくない。でもそうかもしれない。
私の感情が、パパへの信頼と猜疑心とで反復横跳びをはじめたせいかもしれない。息が上がって眩暈を起こしそうだった。呼吸を整えるために、深くゆっくり息を吸いこみ、吐き出す。
受け入れたくない。先輩の言葉を受け入れてしまって、心が折れてしまいたくなかった。せめてもの抵抗に、私は先輩から目を逸らさない。じっと、目を見つめ返してやる。
「でも、椎名
「どう、やって」
「谷川恵空は人間だ。ミアキスの手にかかれば、簡単に殺せるよ。問題は、暁月日々輝の方」
「……なに、」
「ごめんね、臥待さん。実は隠していることがあって。……いま、あたし以外の使い魔は暁月日々輝を監視しているんだ。ミアキス相手でも、不意を突いて捕獲ぐらいできる人数、がね」
思わず、立ち上がってしまう。拳に力が入る。
先輩が口にしたことは、最低最悪の状況だった。しかし、話はそれだけじゃ終わらない。
「そのタイミングが、あたしたちにとってのチャンスだ。椎名留名の仮説通りなら、アイツは谷川恵空を殺して食い止めることだろう。そして、暁月日々輝は使い魔たちの捕虜になる。……けどそんなことしたら、椎名留名もタダじゃすまない。
「……………………」
「言ったでしょ? あたしは幸せな結末を目指しているって。それはね、暁月日々輝と椎名留名が共倒れしてくれること、なんだよ」
そこで、ようやく私は気づく。これは、留名ちゃんたちとパパたちの戦争だ。
けれど──私だって、渦中。そう、なのだ。
これがミアキス同士の戦争であると同時に私の戦いでもあるならば、私だって立ち向かわなくちゃならない。けれど、どうやって? 思考を巡らせる。それでも、何も思いつかない。
頭の中で、状況を整理する。夕辺先輩は、パパや留名ちゃんを……いいえ、ミアキスそのものを畏怖している。留名ちゃんは、パパと谷川先生を畏怖している。そして事件は起きて、あるいは収拾がつかないとこまできてしまっている。誰も彼もが、相手を信じていないからこそ、争いは起きてしまっている。私にはそう見えている。
だったら私がすべきことは──ひとつだけ、あるかもしれない。私ぐらい、これまでのすべてを信じたい。先輩に手を貸すのも、留名ちゃんの作戦に乗るのも、パパを陥れるためじゃない。むしろ、その逆だ。
「いいですよ。……その作戦、のります。でも私も、自分の耳で真実を確かめたいです」
誰もかれもが信用できない状況で、私だけがパパを信じ抜く。それが、私の役割なんじゃないか。
「だから、お願いです。暁月さんの秘めごとを、すべて暴いてください」
ははっ、と渇いた笑い声がした。
「やっと決心がついた? それとも大博打のつもり? もし、暁月日々輝の秘めごとが、君への裏切りだとしたら、どうすんの?」
「それでも、です。そもそも、私が懸けているのは、」
その覚悟はできていた。今この瞬間で芽生えたものじゃない。ずいぶんと前から。
それは、襲撃事件が起きたその時から、私の胸にある覚悟、だった。
「命です」
パパと対等になるため。
すなわち、命懸けで、パパを信じるためだ。
「夕辺先輩。私を連れてってください。留名ちゃんのところに。いますぐ……!」
◇◇◇
劇場の外に出て、商店街を抜けると、大通りに突き当たった。一分も経たず、タクシーがつかまった。私は先輩と、後部座席に乗り込んだ。「常磐西高校までお願いします」、先輩が運転手さんに告げた。なるほど、彼女たちの戦争はいま、彼女たちの高校で行われているらしい。
タクシーに揺られている間、先輩は私の手を握っていた。先輩の指が、私の指に絡みつく。
沈黙が続く。車窓には、超高速で夜の景色が流れていく。花火の音は、まだ聴こえない。
「花火、綺麗かな。見れるといいね。臥待さん」
私の横で先輩が発したのは、ただその一言だった。
常磐西高校に到着したのは、午後七時になる直前だった。
裏門を乗り越えて、一号館の非常階段を昇って、四階の非常口から校舎内に侵入した。
「椎名留名と谷川恵空は、屋上だ」先輩はまだ、私の手を掴んだまま、「さあ、行こう」
もう戻れないところまで、私を
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