020 結末こそバッドエンドだけど
◇◇◇
一組目の演奏中、ヨーコや
ライブハウスは、再入場は不可だけれど、途中の入退場は可能らしく、時間が進むにつれて観客数が変動するのが日常風景らしい。これはヨーコから教えてもらったことだ。
だのに、一組目の出番が終わっても、フロアに
「くるみさ」ヨーコはドリンクを一口飲んで、言った。「夕辺先輩と、どんなこと話したの?」
「うーん。特に、なにも。でも、先輩はライブ行かないんですか? とは訊いたよ」
「ぶはっ。そんなこと訊いたの? あっはっは、無駄だよ。あの人は来ない」
「そうなの?」
「うん。中学の時から、そーゆー性格だし。クールで無口で、孤高って感じで。よく言えば自立してる、っていうか」
そこで、ヨーコは夕辺先輩のどこが気に入ったんだろう、と思った。今日初めて会ったけど、第一印象通り、ヨーコとは接点がなさそうな別世界の人、って感じだった。それが不思議だ。だから尋ねようと思ったけど、その必要はなかった。ヨーコは話を続けた。
「物知りなんだよ、夕辺先輩。知的だし、ユーモラスだし。……それに、優しいんだ」
「優しい?」
「うん。見えないでしょ? でもね、誰よりも他人に寄り添える人だよ、あの人は。昔、わたしが男子の集団にからかわれてさ、それが嫌だった時期があったんだけど。そん時に先輩がさ、『だっせーこと、辞めた方がいいよ』って止めてくれて、カッコよかったんだよね」
バーカウンターで注文したコーラに口をつける。昔から大好きな、甘くて落ち着く、よく知っている味だ。それと対照的に、ヨーコが語る夕辺先輩のエピソードは、イメージが湧かなくて、飲み込むのにどこか勇気が要る味わいに感じられた。
「……でさ、こっからがおもろい話なんだけど。一週間後くらいかな、そのうちの一人が、わたしに告ってきたんよね」
「こ、告っ……」
思わずコーラ噴いた。急いで口の周りを拭う。
「あっはっは。すごい話でしょ。中学生にもなってさ、好きな子にちょっかいかけてただけだったんだよ。そーゆーのは小学生で卒業しとけってね、ネタ晴らしの後に思ったんだけど。そのことを相談したらさ、先輩に言われたんだよ」
それから、ヨーコはなんだかとっても嬉しそうに笑った。
「『だよね。でも、彼は本気らしいよ。
「……なに、そのアツい話」
「っしょ? アツいんだよ。嫌な思いしていたわたしにも、嫌な思いさせてた男子にも、どっちにも寄り添うことができてさ、あーフェアだな、って感心したんだよね。で、わたしはそのおかげで、そいつの気持ちをちゃんと考えようって気になって、真剣に悩んで」ヨーコは決め顔で言う。「フッてやった」
「……あれ。ホントに良い話? 急に分かんなくなったな」
「あはっ。まーね。彼にとっては、結末こそバッドエンドだけど。でも、過程って大事でしょ。だってわたし、先輩の言葉がなかったら、彼の気持ちを無下にしてたもん。こっぴどくフッてやってた気がするもん。それはそれでさ、ダメでしょ。人として」
君、友達想いなんだね。夕辺先輩が私に言ったことが、脳裏によぎった。なんですか、それ。ヨーコの話を聞く限り、あなたの方が友達想いじゃないですか。……と、そこまで考えたところで、だったら、と口を突いて出そうになる。
だったら、ヨーコの晴れ舞台を見に来てやってくださいよ。
「ひー君とくるみもさ、案外、不思議な組み合わせだよね」
「え? あ、そうかな?」急にパパの話になって、私は動揺した。「親戚だし、多少は、さ」
「ううん。なんか、それだけじゃない気がするな。ちょっとでもボタンの掛け違いがあったら、一緒の高校に通ってなさそうっていうか、奇跡のバランスっていうか。そのくせ、かけがえのない二人に見えるっていうか……上手く言語化できないけど、そんな感じがする」
薄明りのライブハウスで、私たちは人を待っている。
来るという確信もない、予感も薄い。それでも、その人を待っている。
「だから、末永く仲良くやっていてほしいよ。わたしは、そう思うな」
無言で頷き返す。私だって、そう思う。ずっとパパと仲良くやりたい。
「末永く、仲良く…………永遠に同じように、はムリかもしれないけど」
でも私たちはいま、変わりつつある。そのことに気づかずにはいられなかった。
「なに。ひー君となんかあったの? 喧嘩?」
私は首を横に振った。喧嘩じゃない。そうじゃなくて、
「ただ、ずっと変わらないままって、難しいなって」
「そりゃあそうでしょ。でも、それでしょげたら終わりだ、とも思うね。わたしは」
ヨーコは、どこまで私の考えを見透かしているんだろう。感情を読み取ったんだろう。
友人だから、という理由じゃ説明がつかないほど、力強い言葉をくれた。
そうだね。私もそう思う。護られてばっかり、気持ちを押し付けてばっかりだったこれまでの自分を、スッパリ辞めたいんだ私は。あの事件を機に、変わろうって決意した。そして私は、
「そうだね」その覚悟を言葉に乗せる。「抗ってみたいんだ、私は。命懸けで」
パパがどれだけ危険な状況に身を置いているかを、私は知らない。だから、知りたい。知って、一緒にその苦しみを抱えたい。だから……とまあ、交換条件みたいになってしまうところ、やっぱり気持ちの押し付けかもしれないけど、でも想わせて。私が持っているものも、一緒に抱えてほしいんだ。友達とか、青春とか、あともろもろ。
つまりね、私は命懸けで、暁月
「次、始まるね」
ヨーコのその一言で、二組目の演奏が始まった。結果から言えば、このバンドの出番が終わっても、私たちの待ち人は現れなかった。二組目と三組目の転換の時間が終わっても、「準備があるから」、とヨーコが楽屋へ戻ってしまっても。
私は留名ちゃんのそばに近寄って、二人横並びで、ヨーコたちの出番を待った。
「もったいないですね、暁月さん。帰ったら、自慢してやるといいですよ。蓮沼さんたちがカッコよすぎましたよ、って。見れなかったの損してますよ。って言ってやるといいです」
留名ちゃんは、私の代わりに怒ってくれているみたいで、その気持ちが凄く嬉しかった。
登場用の曲が流れ始めて、ヨーコたちがステージ上に登場した。ヨーコはギターを手に、マイクの前に立つ。
「あー、あー。うわっ、マイクはいってる。……緊張するな」
と、ヨーコはひとりごとを吐いてから、
「どーもぉ。一年生のチノズでーす。バンド名の由来は、ベースとドラムが千乃って苗字だからでーす。お手柔らかに、よろしくお願────」
ヨーコの語りが、不自然に止まった。
突然、何かに意識を取られたようにヨーコは静止して、一点を見つめていた。気になって、彼女の視線をなぞるように追った。それは私の頭上を越えて、フロアの後方へ伸びる。振り返る。そして私は、そこにいる人物に、ハッとした。
派手な銀色のウルフカットの女性──夕辺先輩が、そこにいた。
「ふぁ、え、えっと」
キィィン……というマイクのハウリングとヨーコの声で、私は視線をステージに戻した。
ヨーコは目を丸く見開いていて、しばらくして「ふふっ」と笑いをこぼしてから、千乃ちゃん達と視線を合わせた。そして、
「……せーのっ!」
ジャジャジャジャッ、ジャジャジャジャっ、ジャジャジャっ──とギターを鳴らした。
ヨーコたちの演奏が始まった。フロアの前方にいる観客たちが右手をあげて、身体を揺らす。ステージ上の照明が激しく明滅する。カッコいいイントロの途中、私の左側に気配を感じた。そちらを向けば、夕辺先輩が立っていた。まっすぐステージを見つめている。
どうして、なんて言いたげな表情をしていたんだろうか、私は。そうかもしれない。夕辺先輩は、こちらを向いて、真顔のまま、
「来る意味、できたから、来た。それだけ」
言って、またステージへ視線を戻した。曲はボーカルのパートになって、ヨーコが歌い出す。
良い意味で信じられない、という気持ちだった。奇跡が起きた、という感動にも近かったかもしれない。歌がサビに突入してもまだ高揚していて、ふわふわとした心地で、だって、夕辺先輩がヨーコのライブに来てくれたのだ!
無意識で、身体が弾む。リズムに乗って、踵が浮き上がる。
ステージの上で、ヨーコは汗まみれになって歌う。上半身を揺らして、音楽にノる。すっごく綺麗な笑顔で、ベースを弾く風歌ちゃんと向き合って、ギターを鳴らす。
今まで見てきたヨーコのどんな姿よりも、この時の彼女は、輝いて見えた。
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