015 ま、テキトーに暴れてこいや
◆◆◆
四月十五日。午後十時二十七分。
突如襲撃された事件から、二十四時間が経過していた。
神奈川県■■市■■区、郊外。
暗闇に目を凝らす。
ほとんど廃墟と化した商店街のアーチ下に、僕はいた。人通りは一切ない。昼間に営業している店はこの中にあるのだろうか。二階部分に明かりが灯っている店は見て取れず、住居としている人もいないのだろうと推測できた。
なるほど。危険因子にとって、隠れ場所に申し分ない地区、ってわけだ。
「現場に到着。周囲に異常は見られず。……いつでもいけるぞ。合図を求む」
『おー、そうか。なら好きに始めろ。許可は要らん。現場判断で動け』
随分とやる気のない返答をくれた。
「……あのなあ。お前、この件をナメてんだろ」
言うと、谷川のやかましい笑い声が鼓膜を揺らした。
『だはっ。そんなこたあないさ。おそらく相手さんは
「なんだ」
『調査した限りでは、ごくごく普通のネカフェ店員……って話じゃないか。前科もなし、不審点もなし。怪しげな団体への所属経歴もなし。おまけに、単独犯と来た。たかだか銃刀法違反のおっちゃん相手に、そんな肩肘張るこたあない……というのが先生の見解さ』
国際特定種保全連合──S2CUの調査報告書によると、今回の襲撃事件の犯人の正体は、そういうことになるらしい。ただ、
「たかだか銃刀法違反の男性が、どうして僕の正体を看破できたのか。そこが、最大の疑問点で、不審点だろ」
『ばーか。駅の階段で盛大に転げ落ちたのはお前だ。目撃者を生むには充分すぎる騒ぎを起こした暁月自身の尻拭い。それが今回の任務の全貌。我々の結論さ』
「本当に、それだけなんだな?」
尋ねると、谷川は『ああ』と即答した。
S2CUの判断がそれなら、僕も納得せざるを得なかった。
溜息一つこぼしたあとで、商店街へと一歩踏み込んだ。
「承知した。さっくりと済ませてくるよ。ただ、一つ気になっていることを訊いてもいいか?」
『ああ、なんだ?』
「なんで、一人称が「先生」のままなんだよ」
その質問に、谷川は答えなかった。正直どうでもいいが、できれば辞めてほしかった。鼻につくし、緊張感が削がれる。本来、この状況は僕と谷川にとって久々の「大仕事」のはずだ。
僕がミアキスであるがゆえに、谷川がS2CU職員であるがゆえに、全うすべき「任務」。
そいつがこれから行われるってのに、谷川はいかにもダルそうな声で、
『ま、テキトーに暴れてこいや。よろしくな。S2CUのエージェントミアキス、暁月
僕の「秘めごと」、その正体を口にした。
僕には秘めごとがある。
対象は、善良な一般市民。
内容は、ミアキスの「仕事」についてだ。
人類とミアキスは、似て非なる存在だ。であるにも関わらず、両者ともに地球を住処とするため、共生を余儀なくされている。少なくとも、現代においては。
かつて……僕が人間として生を受けるよりも遥か昔、人間とミアキスは対立構造にあったらしく、全面戦争が勃発したという。とはいえ神話レベルの話で、実際のところは知らない。谷川から聞いた限りでは、圧倒的な数で制圧しようとした人類、圧倒的な種の強さで抗ったミアキス……長い戦争で両陣ともにに疲弊した末、和平交渉を経て終息した、とのことらしい。
そうして現在。ミアキスは、人類──S2CUと、相互扶助の関係にある。
人類はS2CUという秘密組織を発足し、ミアキスの存在を歴史ならびに社会から隠匿した。その上で、ミアキスの保全環境を整えるために尽力することを誓った。
ミアキスはそれに賛同の意志を示し、能力を社会の安全に役立てることを誓った。
すなわち、人間社会に跋扈する危険因子を────
「──排除する。それが、僕の仕事なので」
ざざ、という後ずさりする足音が響く、ここは潰れた小劇場内。商店街の中にひっそりとたたずむ廃墟のうちのひとつだ。
目の前には、昨日見た人影。僕を襲撃した男性──危険因子が、いた。
危険因子は、昨日と同じ服装を身にまとっていた。全身黒ずくめで、フードを深く被り、口元をマスクで覆っている。一般市民のくせして、どこから手に入れたのか分からない立派な日本刀をかまえている。臨戦態勢はバッチリか。
「…………どうして、ここが」
そいつが、声を発した。野太い男の声だった。
「逆に、どうして僕を襲ったんですか。目的は?」
問いかけるも、やはり返答は無し。
向こうにコミュニケーションを取る気が見られず、急を要する案件であり、おまけに、
「……っ。うぉああああおあああああアオアああおあああああああ!」
攻撃の意思があるというのなら、仕方がない。
刀を振り上げ、襲い掛かってくるこいつの……危険因子の駆除を遂行するほか、ないだろう。
そいつは眼前まで迫ると、僕の左腕に刀を振り落ろした。
「ッ……!」僕は立ち止ったまま、その一撃を素直に受けた。「痛ッ……いなっ!」
僕の左腕は分断され、地面へと転がり落ちる。直後、切っ先が僕の胸を貫通した。
その動きで、そいつのフードが取れた。目元が露わになる。すかさず僕は、胸に刺さったままの刀に目もくれず、右手でマスクを剥がしてやった。
至近距離に、危険因子の男性……そいつの顔がある。
なんてことはない。どこにでもいる男性の顔だった。細い目で、唇は薄く、平均的な顔立ち。一重の目からは、涙が零れていた。
「っふっ……はぁっ……はぁ……」
ぎゅっと柄を握りしめて、荒い息を漏らす危険因子は、その態勢のまま、
「おれ、おレはっ……死ぬのか……?」
敗北宣言とも、命乞いとも取れる言葉を吐いた。まるで殺されるほどのことをしたつもりはない、とも聞こえる。なるほど。ともすれば、谷川の推測通りなのかもな。
今回の駆除対象は、無害な一般市民だったのかもしれない。階段から転げ落ちたにも関わらず、ケガの一つも負わない僕という異常な存在を目撃したことで、内なる正義感が「討伐せねば」と彼を駆り立てたのかもしれない。
その結果が、現状。S2CUから危険因子として認定され、命を刈り取られようとしている。
僕は、すでに復元していた左手を、彼の肩に置いた。
「そういうわけで、命もらうね」
それから、僕は心の中で呟く。
もう、我慢できないし。
「いやっ……おれ、おれはッ……死ななくていい……生き残るために…………生、」
生き残るため? 妙な言い回しだ。残念ながら、逆だよ。君が僕らに立ち向かった時点で、この結末は決まってしまったんだ。
さすがに同情しそうになるが、これが現在の「人間社会」の仕組みなんだ。赦してほしい。
知ってはいけないことを知ってしまった。それはどうも、大罪らしいよ。
長い歴史の中で人類とミアキスが貫き続けてきた秘めごとに触れてしまったのは、そしてあろうことかミアキスである僕に危害を加えてしまったことは、危険因子の判定基準を満たすのに充分すぎるんだ。だから、すまないが、死んでくれ。社会のためにも……僕のためにも。
「ヤメ…………どうして……どウしてこんナ……いやだ、死にたく……死にたくナい、」
それが危険因子の、最期の言葉だった。
さて、ミアキスは不老不死だ。その命を「生」と「死」の狭間に固定されてしまった存在。なので死ぬことも老いることも出来ない種族である。それはいったい、どういうことか。
ミアキスは人間を噛むことで、同種へと変化させることが出来る。その原理を理解するには、数直線をイメージするといい。生を「1」、死を「マイナス1」とすれば、ミアキスの状態は生と死の狭間、中間点「0」位置となる。それはつまり、ミアキスには人間を「生」から「死」の状態へ引っぱりこむ力がある、という意味だ。その力を中途半端に使えば、僕のような「ミアキス」を新たに生み──では、全力で発揮すると、どうなる? 答えは単純明快だ。
もうひとつ。ミアキスは人間の食事が出来ない。ただ、「食欲」に似た欲求は存在する。
そいつが満たされないと、「飢え」のような苦しみに襲われる。それは生命体の
S2CUは、僕らを「飢え」からも救うと約束した。平穏のほかにS2CUが与えてくれるもの、それは食糧だ。では、ミアキスにとっての食糧とはなにか? その答えも単純明快。
なんて、僕はミアキスに成ってから受けた説明を思い出しながら、危険因子の首筋に歯を突き立て、命を吸い上げた。それから数秒後には、彼の肉体はこの空間のどこにも無かった。もともと存在しなかったかのように、跡形もなく消え去っている。
足元には、さきほどまで男性が身に着けていた衣服と、日本刀だけが転がっている。
僕はその〈
これが、ミアキスとS2CUの最大の秘めごと。
相互扶助の関係、とは、つまりそういう意味。
ミアキスは、人間の「生」それ自体を捕食する生き物であり、
S2CUは、社会の安全保障を建前に、〈
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