003 だいぶ下心の主張が強いな
◆◆◆
ミアキスとは種族名である。人間に酷似した外見的特徴を持つヒトの亜種であり、厳密に言えば、ヒトではない。その肉体は、永久に状態変化しないから、だ。とはいえ、科学的な解明は現在も不可能らしい。人類の英知を集結させたところで説明がつかない存在なのだ。
それでも無理やり説明するならば、こういうことになろう。
人間の外見をした、不老不死の生命体。
それがミアキス、僕の種族の名だ。
ミアキスは、突然変異で発生するわけではない。
例外なくそこには……もちろん僕の場合も、明確な因果がある。
『私はこれから残酷な真実を伝えねばならない。それでも、どうか平静を保ってくれ』
指折り数えるのも億劫なほどの過去の話。あの日。
夜に同化した黒く美しい髪をたなびかせる女性が、僕に告げた。
『君はいま、ミアキスという生物に噛まれ、しかし生きながらえた。それゆえに、肉体は死と生の狭間に固定されてしまった。もっと端的に言おうか。暁月日々輝くん、君の身体はね、永久に十代半ばから成長できなくなってしまった。ミアキスに成ってしまったんだよ』
夜に同化した黒く美しい髪をたなびかせる女性が、僕に告げた。
『だから、これからは、一般的な人生を送るのが困難になる。けれどね、君を不安にさせたくてこういうことを言っているんじゃなくてね。これはさ、永久に終わらない命を私も共に支えるよ、といったような、まあ求愛みたいなもんさ』
そして、
『いいかい。平穏は、秘めごとを貫くことで保たれる』
女性は、言葉を続ける。
『少年よ。永遠の命と共に、永遠の秘めごとを貫くと、誓ってくれないかい? 人間社会に紛れて、人間のような生活を、平穏を、守り抜くとどうか言ってくれ。……まあ、難しく考えなくていい。つまるところ、浮気はバレなきゃ浮気じゃない理論さ』
そう言って、彼女はゲスな物言いとは裏腹に、美しい微笑みをくれた。
それから僕は、人間のフリをし続けている。
その女性と暮らし、彼女から仕事を貰い、街を転々とし、また仕事をこなし……そういった繰り返しの日々の先で──僕は、齢三歳の
◆◆◆
結局、リビングのソファで寝落ちしてしまって、目が覚めたら朝だった。
人間と同じく、ミアキスも睡眠が可能な身体構造でよかった。必要ではないが、可能。それはとても都合がよかった。人間でなくなって、人間と生活するようになってからというもの、彼女らが眠りにつく夜の潰し方が、どうも分からなかったから。寝ればいいだけじゃん、というのは、ミアキスだからこその灯台下暗しな発想で、ある種、革命的な閃きだった。
上体を起こして、ぐぐーっと背伸びをする。時計を見れば、午前五時をまわったところだった。僕は顔を洗うために、洗面台へと向かった。脱衣所に入ると、洗濯機が置かれた場所の上、窓から差し込む、昇り始めたばかりの朝陽に気づいた。どうやら、絶好の入学式日和みたいだ。
「ふぁ、おはよ」
とそこで、後ろからくるみの声がして、僕は振り返った。
くるみが、ぼさぼさの頭でそこに立っていた。ほとんど目も開いていなくて、寝ぼけている。それもそうだ。いつものこいつなら、まだ眠っている時間なのだ。
「おはよう……今日は早いな」
「ん、だって、ふぁあ」とあくびをはさんで、「楽しみでさ、眠れなかったっていうかさ」
洗面台の前に立つ僕の左隣に、強引に入り込んだ。くるみの肩が僕の二の腕あたりにぶつかって、さすがに窮屈だ。僕は右に半歩、足を動かした。
鏡の中のくるみと目が合う。なので僕は、頭の右上を、「ん」と指し示した。寝ぐせついてるぞ、のサイン。くるみはそれを見て、ぴょんと跳ねた髪の毛を、急いで右手でつぶした。それから、こちらへ顔を向けて言う。
「ズルいよ」
「なにが」
「いっつも早起きでズルい。私が遅く起きるとさ、パパに寝ぐせ姿を見られることになるわけじゃん。不公平でしょ。パパにはさ、私より遅く起きてあげよう、みたいな優しさってないの?」
「すっげー、大胆な八つ当たりだな。お前が早起きすればいいだけだろ、それ」
とか言うと、くるみは肘で僕の脇腹に「えいっ」を食らわした。
「はーあ。高校では朝練のある部活に入ろうかなぁ」
「唐突だな。これまで帰宅部だったくせに」
「だってそうでもしないと早起きできないし。うん、きーめた。絶対そうしよ」
僕たちの一日は、秘めごとと共にある平穏は、今日もこうして始まる。
「ちなみに、パパは? 高校生活の抱負とか、ある?」
「特にないな。無事に卒業できれば、それがなによりだ」
「なにそれ、つまんないなぁ。今日から華の高校生なんだよ? もっとさ、ワクついていこうよ。文化祭でバンド組んで、学校中の女子から出待ちされよう? 体育祭で大活躍してさ、二個上の黒髪清楚から告白されようよ」
「くるみの青春に対するイメージ、だいぶ下心の主張が強いな」
「うーっわ、ひど。娘に対してその言い方はないんじゃない? あーあ傷ついたなあ」
「嘘つけ」
「正解。ぜーんぜん無傷」
真顔で冗談を言い合って、ひとつの蛇口から流れる水で交互に顔を洗って、別々のタオルで顔を拭いてから、僕らは鏡越しで目を合わした。
くるみの顔がやけに凛々しく見えるのは、たぶん気のせいじゃない。
「いいね、気合十分の顔だ。さすが、今日から女子高生」
「パパこそ、いい顔してるよ。さすが、華の高校生」
そして僕たちは、まるでイタズラを企てる少年少女みたいに、あるいは同時に白線を踏み越える合図みたいに、微笑み合った。
いよいよ始まる。今日から、僕たちは同じ高校に通う。
<第2話に続く>
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